「気を付けるんだよ、車で行く人も多いからね」
 こんなにゴツくてデッカイ野郎が、何を気を付けるのかと思ったが、日向へそんな言葉を掛けるお祖母さんが可愛らしかった。日向のこと、きっとまだ小さな子供だと思ってンだ。
「何笑ってる?」
「別にー。レッズの日向もすっかり子供扱いだな」
「当り前だろ、孫なんだから」
 動じない日向を今日何度目か憎たらしく思ったが、お祖父さんに借りた下駄がカラコロ言うのが面白くて、今日はもうこれ以上腹を立てるのはヤメにしようと思った。
 夕闇は薄紫からもう一度濃い水色に戻り、白金の点がそこここにちらついている。富良野より山並が近く、黒々とした山並みと夜が滲み出した空のコントラストは蒸し暑い気温を忘れさせるほど涼やかだ。だが、稲も道端の雑草も浴衣の裾を擦り抜ける程度の夜風ではカサリとも言わない、水滴を感じるほどの湿度に濡れていた。
 駅のある方角は上空が薄黄色で、河川敷の喧騒が聞こえるはずもないのにチカチカとさざめいているような気がした。
「日向、バス停こっちじゃねえの?」
 この辺で花火を見に行く人はもう行ってしまったのか、真っ暗な空間にオレの声が響きすぐにまた蛙の鳴き声だけになる。
「河原には行かねえ」
 日向はオレを待つでもなくバス停とは反対方向に道を曲がり、山並に飲まれるような坂へ向かい始める。オレは、仕方なく後を追うことにした。
 途中、そこだけぽっかりと明るいコンビニが現れ、店員もほかの客も制服やジーンズなのにオレ達は浴衣で、日常と非日常が雑じった変な気持ちになった。だけど日向がビールをレジへ持って行ったのは、よい考えだと思った。
 コンビニを出ると、日向は再び道なりにオレの前を行き、街灯の間隔が足元を照らすのにいよいよギリギリになったところでその階段は現われた。
「でっけー。神社?」
 階段のずっと上に、ぼんやりと赤い鳥居が見える。
「デカいか? オマエんとこの神社、境内どころか市道まで鳥居がはみ出てンじゃねえか」
「北海道神宮な」
「車で移動していてイキナリ鳥居くぐったからビックリしたぜ」
 富良野にだってねえっつーの。
「アレはトクベツ」
 北海道は寺社の歴史が浅いっつーか、祭にしてもそうだけど、スケールというか存在感が違う。この神社だって、住宅街からかなり外れたところにあるけれど圧倒的な存在感だもんな。いま見えるのは、ただ階段がずっと上まで続いているだけなのに。
「なあ、ここ穴場ってヤツ? ここから花火見えんの?」
「仕掛けは見えねえけどな」
「でも誰もいないッポイな、貸し切りかな!」
 慣れない下駄で階段を登るのも楽しくて、オレはちょっと駆け足で階段を上った。どこまで行けばよいのかはわかっていたし、今度はオレが日向の先を行った。
「うわ!」
 ちょうど鳥居まで上ったその時、振り向くと大輪の花火が上がっていた。思わず口がぽかんと開いてしまった、次の瞬間「ドン」と胸に響く重低音が届く。
「これだけ離れていると、音の差があるな」
 気が付くと、日向が横に立っていた。
「ほらよ」
 半ダースで買った、350ml缶をひとつ日向がよこす。缶はびっしりと水滴で覆われ、渇いた喉に流し込んでも既に体内を駆け巡る流れを感じるほど冷えてはいなかった。しかし美味い。一気に飲み干し、日向が手に持つコンビニのビニール袋から次の一缶を取り出すと、石段に腰掛けた日向の隣に腰を下した。
「スゲーな! 河原で見たらデカイんだろうな!」
「火の粉が降ってくンぜ」
「えー! それもスゲー!」
 花火は開会に相応しく、どの花火がどの音と結びつくのかわからないくらい次々と打ち上げられていた。ドン、ドンという音に重なりパラパラとまるで火花がこぼれるような音まで響いてくる。オレは、しばらくしゃべるのも忘れ見とれていた。
「おい、飲んじまえよ」
 いつの間にか花火は大会の第一部を終了したようで、河原の上空は再びほんのりと黄色に照らされ、そして境内は静寂に包まれていた。虫の音が、さざ波のように寄せては引いていき涼やかに感じたが、日向から受け取ったアルミ缶はすっかりぬるくなっていた。
「すごいなー。オレ、今日初めてがいっぱい」
 言ってしまってから、ぼんやり呟いていた自分が急に恥ずかしくなる。案の定、含み笑いしている日向に手加減ナシに肘を入れる。
「気持ち悪いンだよ! 含み笑いすんな!」
「いや、あんまし計算通りだからよ」
「何がだよ!」
 振り向くと日向の顔が驚くほど近くにあって、思わず固まってしまう。参道を照らす明かりは日向の背中をぼんやりと照らすだけで、よく見えないはずの顔がハッキリとわかるほど日向は顔を近付けていた。
『キスされる』
 いつも、そう思った時にはもう動けない。切れ長の目は、唇を重ねるまでじっとオレを見つめている。まるで獲物を射すくめるみたいに。オレだって、絶対目を逸らしたりしないけど、いつも鼻先が触れた瞬間つい目を閉じてしまう。しまったと思った時にはもう舌を絡め取られ、鼓動がまるで心臓が鼓膜の横にあるみたいに鳴り響くンだ。
 何でコイツこんなにキス上手いんだ。正直、オレはキスをするのも日向が初めてで、それまで舌を入れるなんてきたねーなんて思ってたんだけど、初めてこういうちゅーをした時に、気持ち悪くないのが逆にびっくりだった。(つーかその時はもう頭グルグルで、後で思い出してみればっつーことだけど)
 セックスの時の、肩の後ろ辺りがゾクゾクするようないやらしいキスをするかと思えば、激しいけれど愛情深いキスもする。そんな日向、想像もしなかった。そして、いまみたいにオレに『好き』を自覚させようとするキスとか…。
「ちょっと待て!」
「なんでだよ」
「なんでじゃねーだろ!」
 いきなりオレに突き飛ばされた日向は、不満げかと思えば何故かニヤニヤと笑っている。その手が、浴衣の裾から差し入れられオレの太腿をじかに触れている。親指が、付根をいやらしくなぞる。
「どっ…ここ、どこだと思ってんだよ! 人が通ンだろ!」
「誰も通らねえよ」
 言いながら、また唇を触れる程度に重ねてくる。
 オレは、勢いをつけて日向を押し倒すと、逆に馬乗りになって日向の腕を石畳に押し付けた。
「オレのこと、からかうんじゃねえ!」
「からかってねえよ」
 日向は抵抗せずに、黙ってオレに押し倒されている。まるでオレが次にどうでるか観察しているようだ。背中で、大きな音がドンとひとつ響く。振り向くと、大輪の花火が再び上がっており、送れて次々と音が届いた。
 驚いて日向の腕を放した拍子に、缶ビールが倒れる。中身がこぼれるにつれ、高い音を立てながらアルミ缶は石段を転がり落ちていった。花火の音に紛れて欲しいというオレの願いとは逆に、異質な音を立てアルミ缶は最後まで転がり落ちた。思わず息を止めていたオレの下で、とうとう日向がククッと笑う。
「大丈夫、マジで誰も通ンねえから」
 そんなこと言ったって、間隔が途切れがちとはいえ外灯に照らされている公道がすぐ下にあるというのに。
「そんなに心配なら」
 不意に起き上がった日向が、逆にオレの腕を掴み立ち上がる。
「こっちこいよ」
「なんだよ、花火始まってんじゃんか!」
 オレは、日向の意図がわからなくてうろたえてるなんて気付かれたくなくて、ワアワア喚いた。日向はそんなオレを振り向きもせず、境内を突っ切る。大きな神社だが社務所のような建物が無く、社の裏は月明かりがなければ真っ暗だった。
「な、なんだよ、こんなとこで!」
「怖がんなよ」
「怖くなんかねえ!」
 売り言葉に買い言葉が、いつも状況を不利にするとわかっていてついついケンカを買ってしまう。
「オマエの初めては全部オレのモンって決めてんだよ」
「なに勝手に決めてンだよ、大体何が初め…!」
 罵声を最後まで吐き終える前に、再び唇を塞がれる。
「ン! …ッ…ンぅ!」
 乱暴に唇がぶつかりあい、歯が当たる。顎を押さえられ目の前のヤツの顔が傾いたかと思うと熱い舌が差し込まれた。
「ッァ!」
 こうなってしまえば、もう息が上がるのを止められない。ヤツの薄い唇がオレの唇をなぞるだけでもどんどん思考がブッ飛んでいくのに、歯茎や舌の裏側に舌を這わされると、ビクビクと抑え付けられているはずの顎が跳ねてしまう。花火の音はもはや遠く、ちゅく、ちゅく、と甘い水音だけが繰り返される。やんわりと舌を甘噛みされ、立ったままここまで濃厚なキスをされたことのないオレは、背中を社に預けたまま必死で日向の袖にしがみついていた。弾みで膝が折れれば、ずるずるとその場に座り込んでしまいそうだった。
「んっ…ン、ン、…ッ…」
 ハアハアと、悔しいけれど呼吸の抑えられないオレの膝の間に自身の膝を割り込ませ、日向が太腿を中心に押し付けてくる。感じやすい唇の端から耳の裏までを丁寧に唇で愛撫され、いつの間にかはだけていた胸元が大きく上下している。フルタイムで出場しても、こんなにも簡単に息は上がらない。ほんの何分かでこんなふうになってしまう自分の体が、いまでもオレはわからなかった。
「ど…っやって、もいっかい着んだよッ」
「俺が着せてやるよ」
 言いながら日向が裾まではだけさせ、太腿に手のひらを這わせてくる。中心には直接触れず、再びボクサーパンツの裾に親指を差し入れ、付根をゾロリとなぞられるのが逆にひどく感じた。ヤメロと言いながら、オレの体は日向に触れられることを期待している。それを見透かされているようで、顔を上げて日向の目を見ることができない。そして日向に、オレのそんなずるい気持ちに気付かないフリをさせて、期待通りの快感を与えさせていることがまた恥ずかしかった。欲しいなら、欲しいと言えればいいのに。
「あっ…ァッ、…ッ…!」
 布越しに日向の長い指先に中心を包まれ、指先で袋をやんわりと揉まれる。オレのソコは、すぐにもキュッと縮まって、先端に触れられれば射精してしまいそうだった。
「ダメッ…だ! 日向、浴衣、汚しちまうッ…」
「大丈夫」
 なにが大丈夫なのだと、なけなしの理性で日向を押し遣る。
「…バカ、出ちまう!」
 なんだそんなことかと、日向が尾てい骨からボクサーパンツに手を差し入れ、耳朶を食みながら囁いた。ゾクリと快感が背中を駆け抜ける。
「じゃあ口でしてやるから、出せよ」
 そう言いながら、日向はパンツを押し下げた。既に立ち上がったオレの中心が、ブルッと現れる。湿った生暖かい夜気の中、しっとりと汗ばんだソコは先端をもう滲ませていた。
「ひゅうがッ、」
 やめてくれとはもう言えないくせに、オレはまだ言い訳を探している。跪き、銜えるのは日向のほうなのに、オレのほうが凌辱されているような気持ちになるのは何故だろう。それは、無い振りをしている欲望を、求められるよりもずっと日向を求めている自分を、いやらしく愛撫に応え果てるまでの自分を見せつけられるからだろうか。
 日向は一度先端を含み咥内で滲んだ先走りを舐め上げると、オレを見上げながら根元から裏筋に舌を這わせた。自分の前髪の間から、あの大胆不敵な切れ長の、オレが落ちるのを確信している目と目が合う。オレは逸らさず睨み返そうとして、だがカリ裏に強く舌を押し当てられ思わずギュッと目をつぶってしまった。
「ぁア!!」
 再び亀頭を口に含んだ日向が、舌の中央で円を描くように鈴口を愛撫し、唇でカリまで刺激してくる。顔を傾けながらカリ首を丁寧にだが刺激するように強く舐め、口に含んでは裏筋から先端までを舐め上げ、繰り返される度にガクガクと膝が耐え切れなくなってくる。
「…ァッ…ァッ……あア!!」
 いつものように、硬く尖らせた舌先で鈴口を愛撫されたら間違いなく射精してしまう。
「まだまだダゼ」
 だがそう言って、日向は唾液で濡れた中指をオレの奥へ持って行った。
「…っひア!」
 ぬるりと濡れた指先を、押し当て、円を描き、僅かに差し入れては再び入口を優しく撫でる。弄ぶのを楽しむような強い視線と、愛しむような愛撫は正反対なのに共存していて、オレはいつも混乱のまま後戻りできなくなっていくのだ。だが今日は、これ以上の愛撫を受け正気を保てるはずもなかった。既に背中を支える社が無ければ、オレはとっくに膝を折っている。
「ひゅ…がッ、もう無理、いかせてくれ…ッ…」
「まだ」
「ンアア!!」
 ずぶりと中指を挿入され、だが日向の左手は、輪にした指先でまるで射精を堰き止めるかのように根元を締め付けている。
 日向に教えられた、中心と同じくらい感じる一点を、その中指は違わず撫で上げる。強引に挿入しておきながら、触れるか触れないかというタッチで撫で上げられ、オレの両脚は日向の手首をギュッと締め付けた。ぬるりと濡れた舌が再び先端を舐め上げる。
「アッ! アッ! ハ、ァッ…!!」
 唇で扱きながら動きに合わせ舌が咥内で舐め上げ、中指は小刻みに動かされ、オレは掴んでいた日向の肩を強く握り締めた。挿れて欲しかった。かつてないこの強烈な快感を、繋がり共有したかった。
「ッアア…!!」
 だがそう思った時にはもう限界で、オレは日向の口内に射精していた。ビクビクと痙攣するペニスを、日向はねぶるように舐め取り最後に喉を動かした。ずるずると崩れ落ちるオレの、両脇に手を付き日向がオレを支える。
「イイ顔だな」
「…ぅっ…」
 鎖骨に口付けられたのに、胸の突起がぴくりと反応する。日向はめざとくそれを見逃さず、前歯が軽く当たるように唇で愛撫し、チロチロと舐めた。
「日向、挿れて」
 顔を上げた日向の目を、滲む視界で必死に見据える。
「挿れてくれ、最後までシたいんだよ!」
 中途半端にずり下げられていたボクサーパンツを、日向が下駄を脱ぎ立ったまま爪先で下ろす。オレの右足を、同じく下駄を落としながらパンツから引き抜くと膝を抱え上げ、乱れた裾から取り出した日向自身は反り返りやはり先端を濡らしていた。
「イきそうになったらこれで押さえろ」
 そう言って、右手の袂から手拭いを取り出しオレの中心を包み込む。右手を添えオレの奥に先端を宛がうが、すぐには挿入しなかった。硬くて、熱くヌルヌルした先端を押し付けられ、オレのソコは期待でヒクヒクと収縮を繰り返している。すぐには挿入せず、日向のいきり立った中心を押し付け愛撫されるのが、正直オレは好きだった。グッと先端をほんの少しだけ挿入されたり、グリグリと刺激されるとその度自分の中心がビクビクと角度を上げるのがわかる。オレは手拭い越しに自身を握り締め、日向が挿入するのを待った。
「アアアア!」
 突然、熱く硬い日向自身で貫かれる。勃起した日向のソレは長大で、根元まで挿入されるとまさに貫かれるといった感覚だった。最後まで挿入すると、日向は自身に添えていた右手でオレの臀部を掴み、抱えた膝と合わせて激しく揺さ振りながらイキナリ突き上げ始めた。
「ッァア! ッァア! …ッやア!!」
 自分で求めておきながら、余りにもの快感にどうしていいかわからなくなる。背中を社に支えられながら空いている左手を日向の背中に回し必死にしがみつき、ズブズブと挿いるハズもない狭い秘所に割り入られ、入口を擦られる快感だけではなく最奥を突かれる快感に嬌声が零れた。互いにはだけた胸元が重なり、日向の硬い胸も熱く濡れているのを感じる。ただその感触に、オレはもう日向を手放せないと思った。
 酷く手荒な事をされているのにぜんぜん辛くない。さっきまで余裕の笑みを浮かべていたその双眸が、真剣な眼差しでオレを見詰め、呼吸を乱しながらも何度も口付けてくるのが堪らなかった。
「…っひゅうがッ、ひゅうがッ!」
 求める言葉がわからず、オレは必死に日向を呼んだ。オマエが欲しいって、しがみつく手で引き寄せるだけでは伝え切れない。
 突き上げる日向のリズムが短く、速くなり、オレは先走りで濡れた手拭いごと先端を日向の腹筋に擦り付けていた。突き上げ、射精した瞬間日向はオレの腰を強く引き寄せ、そのまま物凄い力で抱き締める。日向自身を同じくらい強く締め付けたまま、オレは再び射精していた。

 まだ形を成したままの自身を、日向がオレからズルリと引き抜く。今度こそ、膝の折れたオレを日向が慌てて抱き止めた。太腿を、受け止めきれなかった日向の精が伝う。
「花火、終わっちまったな」
「そんなの気にする余裕もなかったぜ」
 日向がオレを社に凭れ掛けさせ、オレだっていま気付いたのだと口付けながら呟いた。オレ達は物凄く汗を掻いていて、オレ達を包む夜気も蒸して濡れているのに何故かとてもスッキリしていた。オレの中心を包んでいた手拭いで、日向がオレの太腿を拭う。
「こんなにシワクチャじゃ、着付けできたとしても変じゃねえ?」
 オレは、かろうじて帯でぶらさがっているだけの自身の浴衣と、オレはどんだけしがみついたんだよというくらいシワクチャになった日向の浴衣を交互に見た。
 日向は、『河原で見りゃこのくらいになる』と言って、帯を外しはだけた浴衣をすっかり脱いだ。日向に促され、オレも浴衣を脱ぎ手水舎で汗を流す。
「バチ当たりだな」
「そうか? オレはオマエとセックスするのになんの後ろめたさもないぜ」
 こういうこと、オレの目を見るでもなくサラリと言うのが信じられない。それともオレのほうが意識し過ぎなのだろうか。
「でも神社でパンツ一丁で行水ってバチ当たりじゃなけりゃ変態だろ!」
「服着て行水のほうが変じゃねえ?」
 ああ言えばこう言う、結局いつものバカバカしい罵り合いをしばらくして、オレ達は再び浴衣を着た。汗でぐっしょりの浴衣は気持ち悪いというより、さっきまでの自分を思い出させオレはつなぐ言葉が見付からなくなってしまう。
「客間離れてっから。帰ったらまたヤるか?」
「バ…ッカじゃねえの!」
 階段の空缶を拾いながら、ニヤニヤと日向がこっちを見る。オレが何を考えているか、ホントに見透かされていたらどうしよう。
「あーあ! 火の粉降ってくんの見たかったなー!」
「それはまた、二人じゃない時でもできる」
 日向がさっきとはぜんぜん別の顔で、くすりと笑うのがなんだかくすぐったい。オレは気恥ずかしさを紛らわそうと、先を行く日向に向って下駄の歯で小石を蹴り上げた。それはシューズを履いている時のように、狙い通り日向の脛にはぶつからない。
「二人きりには、そうそうなれないからな」
 オレは『スキ』の一言も言えないのに、こんなことサラリと言う日向がやっぱり信じられない。だけど、やっぱりオレも言葉にはできなくて、結局小石を蹴り上げ続けた。フと日向の後ろ姿に目を遣ると、帯の結び目がちゃんと左に寄っていて、背中に手を回すと日向に結んでもらったオレの帯も左に寄っている。今日という一日が目まぐるしくフラッシュバックする。
「河原で大勢で見ちまったら、初めてのアオカンも頂けねえしな」
「テメッ…!」
 思わず日向の腕を掴んだオレに、振り向きざまかすめるようなキスをした。
「冗談だ」
 そう言って、さっさとまたオレの先を行ってしまう。
 黙らされたり喚かされたり。
 やっぱりコイツに見透かされてると思うと、悔しくて追い掛けやぶれかぶれで首を絞めるように肩を組んだ。だけど街灯の下、顔を背けた日向の顔が赤かったような気がして、キスする振りをして無理矢理振り向かせたら、『だからオマエは凶悪なんだ』とド突かれたのがなんとなく引き分けっぽかったので、今度はオレがビールを奢ってやることにした。

 

 

 

 

END



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