国道に面したこの部屋は、電気を消しても薄明るく、日向は窓側に先に乗るとオレに背を向け黙ってしまった。眠ったのかもしれない。
日向と同室になることはあいうえお順の関係でよくあったけど、他のヤツと同室になった時みたいに、修学旅行のように眠る前に話したりはしなかった。お互い、フィジカルコントロールは怠っていないぜというところを見せたかったし、何を話したらいいのかわからないということもあった。
「オマエ、いつも人んちであんな格好するのか?」
「あんな?」
驚いたことに、話し掛けてきたのは日向だった。
「誰かんち泊まりにいって、いきなり下着になるのか?」
「下着って…っ、別に女じゃねえし、トランクスとかユニフォームとたいして変わらないし」
よくわからない沈黙が数秒続く。
「あ、暑いし。オレ、熱帯夜まだ苦手なんだよ」
言い訳のようなことを言っている自分がわからない。オレは間が持たなくて、仰向けから日向に背を向けた。
瞬間、背中から抱き竦められる。
「…ッ!」
うなじに、日向の吐息が掛かる。
「何で、セックスの話なんかしたんだよ」
「別に…っ飲み会の時からしてたし…ッ」
鼓動が速まり目の前がチカチカする。オレは拳を握り締め、わざと語気を荒めようとした。
「別に特別な話題じゃない」
「じゃあ、オレがオカシイってことでいい」
日向の唇が、喋りながらうなじを掠める。
「合宿でも、オマエのくつろぐ姿に頭がオカシクなる」
日向の硬い腕は、腹の辺りでオレを強く抱き締めていた。
その腕が、驚くほど熱い。
オレは、こうなることがわかっていた。いや、こうなればいいと思っていた。
日向から特別な何かが聞きたかった。その体に触れてみたかった。
どうしてなのかはわからない。
けれど、わからないから触れれば何かがわかるような気がしていた。
「松山」
オレの後ろ髪に顔を埋めていた日向が、うなじに零すように問い掛ける。
「ワルイ、もう止められない」
言いながら抱き締める掌が脇から腕へ這わされる。日向がオレを強く掴めば掴むほど、掴まれた部分が熱を発した。その指先が、鎖骨や喉仏を確認するように触れてくる度に、オレは呼吸を止めて体を固める。触れられることに、体が何らかの反応をするかもしれないということが怖かった。日向は左足をオレの左足に絡ませ、体で覆うようにオレをベッドに押し付け、オレの体の下から回した右手でオレの襟首を広げた。ボタンの緩いパジャマのそれは、簡単に胸元をはだけ、布団の中なのに鳥肌が立つ。差し入れられた左手の小指がソレに触れた時、オレは思わず日向にもそれとわかるように身を固めてしまった。気付いた日向が、一呼吸置き手探りのはずなのに違わずその突起を摘まむように触れた。
「!!」
声にならない驚き以上のものが駆け抜ける。それはパニックに近かった。ほんの少し指先に力を込められ、思わず両手で口を覆う。
「フッ、ふ…ッ、」
一気に呼吸が乱れ、視界が滲む。日向はその突起に執着する様子は無いが、オレの左肩からパジャマを外すと再び抱き締めるかたちで右の突起に触れてきた。意図的に、中指を引っ掛けたり親指で押し潰してくる。
オレは、フッ、フッ、と乱れた呼吸が漏れてしまうのを抑え切れず、前屈みに体を縮こませようとした。その瞬間、日向がきゅっとその突起を摘まみ上げる。
「…!!」
ビクンと一瞬仰け反ったオレは、驚き口元から外した右手で枕を掴んだ。次の瞬間、あわあわとシーツを探り日向から逃れようと身を捩った。
「松山?」
遮る日向に再び包み込まれてしまったオレに、日向が驚くほど濡れた声を零す。いまさっき逃げようとしたオレの、中心にグッと熱い力がこもった。
「そーゆーの! そーゆーとこ嫌だ、オレ、」
日向に動揺しているところを見られたくないし、ここまできて逃げてどうすると自分でも思いながら、オレは慌てて言葉を続けた。
「痛かったか?」
「そうじゃなくて」
なんてゆーか、自分が知らなかったところで『感じる』のが怖かった。
「男なんだし、恥ずかしいっつーか」
「じゃあどこなら…。言っとくけど、これで終わりとか無理だぜ」
そう言った日向がギュッとオレを抱き締め直した時、背中に硬く熱いモノを感じて目の前に火花が散った。ドクドク言っているのが、日向のモノなのか自分の心臓なのかわからなかった。
オレは、日向の左手を掴むと、自分の股間まで下ろした。自分も勃起しているであろうことは恥ずかしくなかったが、血が集まる感覚がするだけでどうなっているのか自分でもわからなかった。グッと、その左手を押し付けた時、その硬さより脈に驚いた。
「ここなら、自分でもするから」
日向が背後で唾を呑むのが聞こえた。乱れる呼吸を抑えようとしているのか、そういえば日向の呼吸も深い。
オレの体の下敷きになっている右手が、シーツを擦りながら下りていった。左手が器用にボタンをすべて外し、引き下ろすと襟が肘まで下りて引っ掛かった。パジャマの下衣ごと引き摺り下ろそうとしたが残った、ボクサーショーツに右手が差し入れられる。どうしてこっち向きに寝ちまったんだろうとフと思ったが、日向の右手の自由はそれほど必要なかった。オレのソレは緩く立ち上がりだが既に形を成していた。包み込む日向の、ゴツゴツした長い指先を感じる。
『やばっ、なんか、漏らしそう、』
オレはギュッと目をつむり布団を握りしめた。自分が射精しそうなのか、失禁してしまうのかよくわからなかった。
「…ふアッ!」
日向が緩く掌を上に動かしただけで、オレは自分でも驚くような大きな声を上げ、瞬間左手で口元を押えた。
「んンッ! ンッ!」
自由の利かない中、僅かな軌道で日向が右手を上下するそれだけで、オレは頭の中がショートしそうなくらいそこから何かが駆け抜けた。
「やめッ、ダメだッ…!」
「どうして」
そう言いながら日向は両手でオレを包み込む。指先を絡め、同じ日向の指なのに両方が奪い合うようにオレを包み込んだ。その指先の。関節にまで感じてしまう。親指がゆっくりと亀頭を撫で上げた。
「やぁ…ッ」
かすれるほど小さな声が、震えてしまう。日向が触れたその先には、指先を濡らす先走りが零れていた。ヌルヌルした感触に、更に震えが走る。
「なん…で、だって日向変じゃん!」
オレは流されないようまくしたてる。日向がビクリと体を強張らせるのがわかる。
「だって、なんで…触ってばっかりで。オレにさせたいんじゃねえの? 日向のを、オレも触んないと気持ちよくねえだろ?」
返事は無い。
「口でとか…させたくねえの? それくらい、オレだって知って…」
不意に口元を覆われ、日向が耳元に口を近付けてきた。
「ワルイ、ちょっと黙ってくれ。マジ、オレもよくわからねえ。オマエがイくとこ見てえんだ。イく時の声が聞いてみたい。想像した通りなのか」
ゆるりと、日向の右手が動き出す。
ドクンと、一瞬止んでいた熱が疼き出した。
「そうだ。オレは、オマエにしてもらうの妄想してたんじゃなくて、オマエがオレの手でイくのを妄想してたんだ」
両手首を束ね上げオレの動きを制する日向の左腕に、新たな意思が込められるのを感じた。体より気持ちを支配された状態で、日向の愛撫が再開される。
「やだ、や、」
目的を持った日向の長い指先が、先程とは比べ物にならないくらいねっとりと絡められる。
「ひゅうが、手、手だけでも放し…ッ!」
唇を噛み締めることができない。両手を放してくれないと、口元を覆うことさえできない。
「ひぁ! あ、あ、だッ…!!」
「顔は、今度見るから…ッ」
そう言って日向はオレの肩口に顔をうずめながら右手を動かし続けた。
「んッ、…ひゅう、あ! ダメ…だッ、ヤだッ!」
何がヤだ? 気持ちよ過ぎてまだイきたくない?
「あ、あ、あ、あぁ…ッ!!」
こんなの知らなかった。自分でイく時の快感がずっと続いているみたいだった。日向の手の動きに合わせて、抑えられない声が溢れる。
「あ…ッ、…だッ…ッ!!」
声にならない悲鳴のような声を上げて、オレは果てた。力の抜けた体から、ドクドクと射精していることだけ感じた。日向の手のひらが亀頭を覆い、オレの射精を手のひらで感じている。ゆっくりと、その精液を塗り付けるように日向の手がオレ自身を一度上下した。背中の日向が、合わせて大きく深呼吸する。
日向は無言でオレを仰向けにすると、浮かされた顔のままキスしてきた。ゆっくりとしたその動きから、想像できない熱いキス。形のよい鼻を少し傾け、唇が深く合わさるように押し付けてくる。唇はオレが口を開くよう促し、そのまま舌が口内を侵した。キスが、こんなに感じるということすら知らなかった。
日向は、一度体を起こすと濡れた布団を床に落とし、オレの体を上から眺め下ろした。右手がビクリと痙攣して、次の瞬間ゆっくりとオレの股間へ伸ばされる。
驚いたオレの体は、膝を跳ね上げた。日向の中指は、オレの後孔に触れていた。先程のオレの精液を絡め、少しねっとりと濡れている。
「ひゅ、が、」
「ゴメン、止まらねえ、」
そう言ってまたオレの肩口に顔をうずめオレから視線を外すと、不意に指が差し入れられた。
「…ァッ!」
ゴツゴツした指先を、体の中に感じる。
「痛…ッ、ちょ、ちょっとまてひゅう…!」
ハァハァと、乱れた日向の呼吸が耳元で繰り返される。
「力抜けよ」
「無理…ッ」
日向は早急に差し入れる様子は無いが、引き抜く様子も無い。痛みを敏感に察知しようと集中した神経が、まだそれほど深く差し入れられていないのではないかと感じ、だが、またぐぐっと押し込まれる。それは、第一関節までも差し入れられていないように感じたが、中指よりずっと太いものを押し込まれているようにも感じた。もうわけがわからなかった。
「ちょ、ひゅうが、マジ待って…ッ」
押し込まれる度引き攣れる入口の痛みより、硬い異物が内部を引き攣っていることのほうが怖かった。爪が当たるような痛みは感じなかったが、生理に反した行為が体を傷付けるようで怖かった。男同士は、ココで『する』って知っていたのに。
先程の日向の告白に例えると、オレはココに指先を入れられるなんて想像もしなかった。
「ひゅうが、痛い、」
オレは自分でも驚くようなか細い声を出していた。
「動かさなくても、痛いか?」
「わかんな、一回、抜いて…くれよッ」
一度息を吐いた、日向が空いてるほうの左腕でオレの首を抱え込むように抱き締めてきた。指先は、動かない。
「触ってる気がする。ちょっとだけ、動かすから」
日向が何を言っているのかわからなかった。日向はまるで指先に集中するようにもう一度深呼吸すると、息を止め中指をほんの少し押し付けてきた。
「!!」
オレはまるで感電したように仰け反った。跳ねた体が日向の指先を押し戻そうとし、留まろうとする指先の抵抗に傷付けられるかと一瞬恐怖が走った。
「何?!」
「大丈夫、力抜いて、」
オレは攣りそうなほど足の指先を伸ばしシーツを蹴ったまま、背中を浮かせていた。呼吸が浅い。何が大丈夫なんだ。いまのは何だ?!
日向が、首に回していた腕をゆっくり背中のほうへ下ろし、撫でながら腰に回してくる。自分の中が、日向の指先をキツく締め付けていることに気付く。
「いまからもう一度触るところ、男なら大抵感じるんだよ」
日向が何を言っているのか、やっぱりわからなかった。ココに入れるのは、日向が気持ちよくなる為じゃないのか?!
「力抜いてくれ。怖くないから」
怖くなんか無いけど、でもやっぱり怖くないわけ無いじゃないかと叫ぼうとしたが、オレは声を発する代わりに日向に抱き付いていた。
「…!! ッ、ん!!」
中指がクッと押し付けられ、ゆっくりと擦るように指の腹が上下する。オレは、痙攣したようにビクビクと跳ね、日向の首に縋り付いた。
「ひゅうが、マジやめ…ッ! もうダメ、頼むからもう止め…!」
失禁しそうだと今日二度目に思った。感じたことの無い快感であると同時に、過多で苦しかった。溢れた涙は動揺からだ。
ビクビクと体が痙攣するのを止められず、嬌声は嗚咽に変わりそうだった。
「松山、」
やり過ぎたと一瞬我に返ったのか、日向はオレの肩に再び顔をうずめるとまた深呼吸した。数回繰り返したあと大きく吸うと息を止め、ゆっくり、ゆっくりと指先を引き抜く。それは、きっと中指を半分も入れていなかった。
ドキドキと鼓動が耳に響く。それは、ドクドクと脈が鳴っているようにも聞こえる。日向の呼吸は聞こえなかったが、重なる胸が深く上下していた。
気が付くと、日向の中心は硬くまだ脈打っている。
「日向、」
返事は無いけれど、時折漏れる呼吸が苦しそうでもある。
「日向、オレ、」
やりたくなくなったわけじゃないんだと、言おうとしてそれよりも先に手が伸びていた。向かい合うように横になり、日向自身を手に包み込む。
「日向、オレが、していいか?」
日向は、オレの喉元辺りを見ている。唇が、触れるように重なる。
「いや。オレが…したいように最後までしたい」
オレが嫌がることはもうしないから、とその口調にこめられていた。オレは、それ以上日向を拒否できなかった。
「…あ!」
日向は、熱く滾った自身と先程の行為で再び立ち上がっていたオレ自身を重ね合わせ、大きな掌で包み込んだ。そのまま、ゆっくりと掌を上下させる。
「…ッ、ッ、」
知っている快感。だけど、いままでしたどの自慰よりも気持ちよく感じる。
日向の掌の中で、オレ自身はどんどん硬さを増し、より熱く脈打ち始める。日向のそれは血管が浮き出てもう限界に見えた。それなのに、硬さと熱さを増し続けている気がする。時折、日向の親指がオレの先端の先走りを塗り広げるのをヤツの腕を握り締め遣り過ごした。日向が一緒に達したいと思っているのは、もうわかった。
「日向、オレもガマンできない」
オレは日向の掌に指先を絡めると一緒になって扱いた。ヌルヌルとした感触と、ちゅくちゅくと鳴る卑猥な音により鳥肌が立った。ガチガチの日向が自分の掌にあるのが不思議だった。悔しいが、オレよりは少し丈のある竿とオレ自身を擦り合わせ、オレ達はいつのまにか腰も動かしていた。
「松山、キスしていいか?」
今日のここまで好き放題したくせに。最後に遊びじゃないと言わせたがる女のように、日向が見つめてきた。オレの負けだ。
「もうそれ以上してる」
オレは言いながらヤツに口付けた。互いに空いている手で首を抱き寄せ、卑猥な音が濁音を含むほど激しく擦り合わせながら、オレ達は果てた。
日向の射精が胸に当たり、その熱さに驚いた。いつか、これでオレは満たされるというのか?
終わった後、すぐに寝ないで欲しいといつか同級の女の子が言っていた。それは無理な話だったのだと今日確信した。オレは、失神したように気を失いそのまま眠ってしまった。それでも、明け方まだ部屋が薄いグレーのようなブルーのうちに目が覚めた。日向が、こちらを向いて眠っていた。
「起きてんのか?」
言ってみると、日向はうう、とかなんとか言いながらシーツに顔をうずめ、片腕だけでオレを抱き締めてきた。
「いつから起きてる?」
「わからねえ。多分ついさっき」
日向のほうが、オレと顔を合わせられずにいるのが何だか不思議だった。
「日向、オレ、凄ぇ気持ちよかった」
俯せのまま、日向が耳を傾ける。
「オマエ男なのに、気持ち悪いとかぜんぜんなかった。っつーか、ヤってる時のオマエもっと見たかった」
むくりとこちらを向いた日向が正面から抱き締めてくる。
「どうしよう。オレ、もうマジ止まんねえ。ガキみてぇに勃ちっ放しだ」
「抜けばいいじゃん。オレと。アレ入れんのは無理だけど…」
掌の中にあった日向を思い出し、オレも中心が再び熱くなる。
「大丈夫。オマエの体傷付けたりしない。水浴びしてでもどうにかする」
日向が、顔を傾け口付けてくる。寝起きで前髪の掛かった目元。切れ長で、色気を誘う眼差し。ずっと否定し続けた、日向がいい男だということはオレの常識が働かせた防衛本能だといま気が付いた。
「オレが挿れるってのもアリ?」
重ねるだけのキスを長い間味わった後、聞いてみた。
「オマエが、どうしてもしたいなら」
シーツに視線を落とした日向が平静を装う。オレと同じで、入れられるなんて想像したことなかったんだろう。それじゃあ、挿れるのを想像していた日向がまずは先手ということだろうか。というか、オレは日向に挿れたいと思うのだろうか。
「っつーか、オマエもう勃ってる」
言いながら、日向の中心を掌で包む。
「オマエもな」
日向が、オレの足の間に膝を割り込んできた。
「する?」
しないならいまから水浴びだぜと言って、日向がオレの中心を手に含んだ。オレ達は、今度は別々に互いの中心を扱き合い、最後には結局互いを擦り合せていた。
「オレ、サッカーバカなだけじゃなくてよかった」
日向が、光を増していくカーテンを逆光に呟いた。
「バカじゃん」
「いや、ちゃんとエロい」
「なんだそりゃ」
だって、と背中を向けたオレを背後から抱き締める。
「セックスは想像した者勝ちだぜ」
妄想だろと言い返して、同じことを考えていたオレはちょっと焦った。サッカーと違ってこの勝負には勝てる気がしない。
熱帯夜は暫く続く。
今日の夜、もう一度試してもいいと思いながらオレはシャワーを浴びた。
END
熱帯夜/RIP SLYME |