ゲームの時間
大体、いちいち突っ掛かってくるのは松山のほうだ。コイツは、外面がいいというか、見た目爽やかなツラしてやがるから何だかんだでいつもオレが難癖つけたことになっているが、本当はいつも切っ掛けは松山からだった。つまらないことでオレのやりかたにケチをつけたり(目玉焼きには醤油をかけろとか、余計な御世話だ)、走り込みをしていると必ず競争したがったり、合宿なんて24時間一緒だから鬱陶しいどころじゃねえ。一度、余りにも鬱陶しいので「オマエ、オレのこと好きなんだろう」と言ったら、
「へっ」
と返しやがった時のあの憎たらしい顔ときたら。何々だと食堂の椅子を蹴った、その瞬間だけを見ていた三杉にそういえばあの時も説教されたのだ。タイミングが悪いっつーか、オレは多分生まれついての悪者だ。
今回三杉がやけに怒っていやがるのは、そうした私生活に絡んだケンカではなく、机上シミュレーションを交えたミーティング中だったから、ってことはオレもわかっている。だけど、オレに言わせりゃ今回のことも、いままでのフラストレーションがたまたまこの場で爆発しちまったってゆーか、コイツのいちいち突っ掛かってくる態度がいつものくだらねえ遣り取りを思い出させて、ついカッときちまったんだ。
「だけどね、日向。松山はキミの立てた戦術をすべて否定しているわけじゃないんだよ」
コツ、コツ、コツと、短くだが美しく整えられた爪で三杉が机を叩いている。三杉の手のひらは、意外にもオレと同じくらい大きいが、その指先はオレよりもずっとしなやかで長い。女に好かれる指先だ。
「言っとくけど、肯定もしてねえからな」
「僕も、松山が悪くないとは言っていない」
コツッ、と、それまでより大きな音を立て三杉の指先は止まった。数秒の無言。こんなわかりやすい駆け引きにすぐ飲み込まれ、何も言えなくなっちまう松山はやっぱり単純バカだ。
「机でも、ピッチでも、殴り合う体力が余っているなら体を動かして消費したまえ。少しは筋トレの足しになるだろう?」
そう言って、三杉はオレにプラスチックの楕円のタグが付いた鍵を渡した。白いタグには、油性ペンで『浴室』とだけ書いてある。
「夕食までに清掃したまえ。言っておくけれど、監督は初め丸一日謹慎にすると言っていたんだ。礼の言葉は、冷静さを取り戻して反省してからでも受け取るよ」
丸一日謹慎するくらいなら、便所掃除も風呂掃除もどうってこたない。オレは、サッカーをする為にこの合宿に参加しているわけで、ピッチで自らをアピールして代表に選ばれなくては意味が無い。それは松山も同じようで、黙って三杉の前を通り過ぎると入口で顎をしゃくった。
「何してんだよ。サッサと終わらせちまうぞ」
キミ達二人ともキャプテンだから、と言ったのは岬だが、松山のあの態度はリーダー体質というよりただの生意気だ。
オレは、礼の代わりに三杉に一瞥をくれると、仕方なく松山に続く。前を歩かれるのはシャクだが、ここで追い抜いては松山を喜ばせるだけだ。
「早く開けろよ」
「オマエ、ほんとオレにかまってもらいたいんだな」
「ッんだと!」
拳を握り締めた松山には構わず、浴室のちゃちな鍵を開ける。ロッカーを開けたが、清掃中のフダが見付からなかったので、なんとなくオレは内鍵を掛けた。もしかしたら、自分で思っているよりもフラストレーションがたまっていて、誰も見ていないところでちょっとボコッてやろうと思ったかもしれない。
松山は、ジャージを膝までまくり上げると、モップと洗剤を手に洗い場へ向かった。ガラス戸を開ける音には、それまでの動的なイライラは感じられず、むっつりした表情で黙々と浴槽の床を洗い始める。オレは、わざわざ松山に近寄る必要も無いので、へたれたスポンジを手にすると洗い桶を洗うことにした。
積み上げられた桶を、洗いながらひとつひとつ崩すオレの後ろで、松山はガシガシと景気のよい音を立てながら浴槽を洗う。松山は片付けが下手というか、ロッカールームのアイツのスペースはいつもメチャクチャだし、合宿所や宿舎の部屋の、アイツが言うところのアイツの陣地はそれ以上にメチャクチャだ。だが、グラウンドから備品を片付ける時には率先して働くし、教えなくてもモップとスポンジを使い分けて浴槽を洗ったり、掃除の手順を知らないわけではない。こうして合宿などで24時間一緒に過ごすようになって気付いたが、ヤツは気分にムラがあるというより、興味の対象にムラがあるようであった。そう考えると、オレには随分興味があるようだ。なにしろ、かまわれっぱなしだからな。
松山は浴槽を洗い終え、ホースの水で洗剤を流すと、湯を張りながら今度は洗い場の床を洗い始めた。こんな風に、入浴開始時間から逆算して掃除をする順序を考えることができたり、備品の使用頻度から仕舞う場所を改めたりすることはできるのに、洗ったばかりの洗濯物と汚れたユニフォームを一緒に積み上げるその感覚がオレにはわからない。チームプレーだとか、努力家だとか真っ直ぐだとか、よく言われる松山のイメージを否定はしないが、それ以上に不安定でアンバランスな松山に、そろそろ他のヤツらも気が付いてよいはずだ。
それとも、こんな風に突っ掛かったり訳のわからない難癖をつけるのは、オレにだけなのだろうか?
浴槽に溜まりだした湯の所為で、視界がムッとした白い湯気で満たされまるで火口を頂いた熱帯雨林のようだ。気が付くと顎から汗が滴り落ち、誰が見ているわけでもないのに意地になって床を洗っている松山の白いTシャツは、湯気の所為か汗の所為かはわからないが既にぐっしょりと濡れ、その骨格に添い貼り付いている。形良く深い肩甲骨。背骨のラインは驚くほど真っ直ぐで、その浮き出た椎骨のひとつひとつが、健康的であることの美しさを物語っている。
こうして着衣がピッタリと貼り付いていると、なぜか脱いでいる時よりもディテールに目が行く。松山の全裸なんざ、それこそ風呂でもロッカールームでも度々目にしているのに、今日はその詳細のひとつひとつに目が行った。ケンカをする時は、オレより高々5センチ小さいだけでチビ扱いしているが、本当は高校生としては平均よりずっと高い。まくられたその膝は、サッカー選手らしくガッシリと鍛えられているが、そもそも体脂肪率が低く締まった体をしているので、逆三というよりもスッと真っ直ぐな、青竹のようなイメージだ。折れないしなやかなその体に、青竹というイメージは益々ピッタリかもしれない。膝下からギュッと引き締まった足首までが、膝上よりもずっと長く、三杉のように美しいディテールを持っていたり若島津のように非の打ち所がないスタイルというわけではないが、いずれ長いスライドを持つ大人の男になることは容易に想像できる。ただ、一生懸命作り込んでいる体とは別に、ホルモンバランス的な意味で第二次成長がやや遅いのか、体毛はまだ薄く、その脛に残るオレがつけた傷痕は、磨りガラス越しのようなこの視界でもよく見えた。引き攣るその白くなった傷痕は、湯気で火照りほんのり赤く上気した肌で、よりくっきりと浮かび上がる。その傷が、なぜかオレのつけた印のように思えた。
「何だよ」
鈍感な松山でも、オレのねぶるような視線には気付いたらしい。モップを弁慶の薙刀のように構え、形の良い顎をついと突き出して、不遜な態度をわざと取る。切れ長というより、どちらかというと黒目がちの大きな瞳が、キッとつり上がっている松山の目。コイツの目ヂカラには、オレでさえドキッとしてしまうことがある。試合中にはその気迫でボールの支配権を敵から奪い、また譲らず、私生活でも曲がったことは許さないと主張する時その力は発揮される。だが、今日のようにくだらない小競り合いに用いられる時、その視線をどこか色っぽく感じるのはオレだけだろうか。
ちょっと来いと、オレが手のひらを上に向け挑発的に指で招くと、松山は
「用があるならオマエが来い」
と、更に挑発的な態度を取ってみせる。オレに向かってこんな態度を取れるのは、マジ松山くらいだ。
オレは、あえて挑発には乗らずに松山へ歩み寄る。立ち上がると、それまでオレを見下ろしていた松山の視線がキッと上げられた。挑発的な松山の期待に背き過ぎることのないよう、オレが松山の前に立ちはだかると、松山は先程と同様、ついと顎を突き出しオレのことなどどうとも思っていないということを示してくる。だが、いまはそのしぐささえかわいらしく見えるのはなぜだろう。
「……っな!」
Tシャツの襟元に人差し指を掛け軽く覗き込むと、松山は弾かれたように半歩下がった。半歩で止まったのは、意表を突かれビビッたとは思われたくないからだ。いつもはしない、やや上目使いな視線で噛み付くように睨んでくる。その様子は、まるで低く唸る子犬だ。デッカイ種類のな。
「透けて見えねえからオカシイと思ってよ」
「?」
松山が、意味が分からないとばかり眉を寄せる。
「綺麗な色してんな、乳首」
わざと率直な言葉で告げると、意図したとおり松山は満面に朱をそそいだ。もとより湯気で上気していたその頬は、目元まで真っ赤になった。普段は引き結ばれているか大きく開かれ笑い声を上げているかのその唇が、言葉を無くしパクパクと空気を食べている。
「オマエ、成長期遅いのな」
「遅くない!」
松山がオクテなのも、オレとの会話は何でも勝ち負けにしたがるのも知っていて、会話を運ぶ。
「スネ毛とか、ゼンゼンはえてねえじゃん」
「はえてんだろ!」
大袈裟に決め付け、わざと値踏みするように上から下まで視線を這わせると、松山はさらに耳まで赤くしてオレの胸をドンと突き飛ばしてきた。普段は身体的特徴や、相手のウィークポイントを攻撃するような卑怯なケンカは楽しまない。だが松山には、ついついギリギリのラインでそんな言葉まで利用してしまう。例えば、オレもある意味若島津や反町に過保護に扱われているかもしれないが、所謂この手の話について富良野の連中は松山を過保護に扱い過ぎだ。松山の咽喉が乾き言葉がつかえるのを合図に、タイミングよく会話を変えたりさり気無くその場を離れさせる。三杉も顔負けの頭脳プレーだ。富良野の連中にとって、松山はリーダーでもありアイドルなのかもしれない。その純潔を守るが如く繰り広げられる連係プレーが、キャプテンの第二次成長を妨げているとは思いも寄らないのだろう。
そんな松山を性的にからかったりは普段しないのだが、絶対的優位に立てることが気持よくもあり、こうして時々そのまだ中性的な体を言葉で弄んでしまう。オレはちょっとSかもしれない。
伸びやかな手足、硬い腕。腹筋だってそれなりに割れているのに、どこかまだアンバランスな松山の体。香さんに「日向クン、モエよねー」とか言われていた、ちょっと前のオレはもしかしたらこんな体をしていたのかもしれない。
「なあオマエ、はえてんの?」
「なにがだよ」
この会話の流れで、オレの言っている意味が本気でわからないあたり、コイツが本物の天然なのは事実だなと思う。
「なにって下の毛に決まってんだろ」
オレがわかりやすく指差しながら答えると、これ以上赤くなりようはないだろうと思っていた松山の顔が、熟し切ったトマトのように真っ赤になり、手にしていたモップを投げ付けてきた。
「あっ……たりまえだろ! ガキじゃねえんだぞ!」
「じゃ、見せてみろよ」
松山は会話に思考がついていかないらしく、さっきより大きく口をパクパクさせながら、モップを手放した手のひらを握り締め、震わせている。
「別にいーじゃねえか、このあと風呂入りゃ脱ぐんだろ?」
「バッカじゃねえの!」
「なんだよ、やっぱりはえてねえのかよ」
こんなの、小学生の屁理屈だって普段なら気が付いてもいいはずなのに、松山はよほど頭にキているのか何か言おうとしては唇を噛み締める。
「オマエに証明する必要なんかねえ!」
「やっぱはえてねえんじゃん」
「じゃあオマエが先に脱げよ!」
松山は、ようやく対等にケンカができる言葉を見付けたとばかりに、また顎を上げキッと見返してきた。直後に、いままでで一番驚いた、というより動揺した表情をさらした。
「別にいいぜ」
言葉より先にジャージごとボクサーパンツを下ろしたオレから、視線を逸らすのは言ってしまった建て前負けだと思ったのか、松山はオレの股間に顔を向けたままだが視線は微妙にさまよっている。
「どうってことねえだろ。見せっことかしたことねえの?」
今度こそ言葉を失ってしまったらしい松山の表情に、羞恥と驚きの表情が垣間見れるところを見ると、松山のプライドを嬲る程度にはオレのほうがぼちぼちなモノを持っているらしい。正直、Tシャツにジャージで股間だけさらしているオレの恰好は、監督が見たら即代表選抜から落とされるであろうくらいバカ丸出しだが、あとちょっとで松山を泣かせられるような気がしてオレは続けた。いつのまにかオレは、この強気な松山が泣くところを想像してゾクゾクし始めていた。
「ホラ、脱げよ。オマエの言うとおりちゃんと先に脱いだろ」
松山の言うとおり、ってところがこの場合ポイントだ。バカ正直な松山は、こんなくだらない言い争いでも自分の発言を曲げることができない。「先に」と言ったからには「後で」脱がなくてはならないのだ。
「女子じゃねえんだし、そんなに恥ずかしがんなくてもいいじゃねえか」
「恥ずかしくなんかねえ!」
『男らしくない』と思われることを最大の恥辱だと思っている松山を、会話で誘導することなんて簡単だった。握り締めていた拳をふるふると開いた松山が、オレと同じくジャージごと下着に手を掛ける。
「脱げばいいんだろ!」
そう言って、ぎこちないしぐさで下着を下ろした松山には、当然毛が生えていた。
それよりも、オレが凝視してしまったのは。
オレは普段から寮生活だし、フザケた先輩に無理矢理見せられたり、とにかくヤロウのソレなんざ見慣れたっつーか見てもどうとも思わないモンだが、松山のソレは違った。
すんなりと、まるで彫刻のように形良く清くさえある。大きさはそれなりなのだが、ゴツゴツした感じやグロテスクな感じがまったくなく、松山自身と同じようにスッとしているのだ。色味はほんのりと桜色で、そういった意味では確かに第二次成長が遅れていて、多分陰嚢もまだ淡く桜色なのだろう。それが、そこはやはり予想通りに薄い陰毛の下で恥らうようにわなないている。
オレは、ゴクリと唾を飲む音が浴室に響いたような錯覚を感じた。
「も……っ、いいだろ!」
オレの視線に動揺を増した松山が慌ててジャージを上げようとするのを、手首を掴み押さえ止める。驚いた松山が、弾かれたようにオレを見上げた。
「な、オマエ、マスはかいたことあんの?」
松山が、もうオレが何を言っているかわからないといった具合に体を強張らせる。
「オナニーしたことはあるのかって聞いてんだけど」
な、な、と言葉を最後まで綴れないまま、怒っているのか泣きそうなのか判別のつかない潤んだ瞳で睨み付けてくる。
「オマエ、オクテだって話じゃん。なんならここで教えてやろうか?」
「バカにすんな!」
「じゃ、ついでにソレも知ってるって証明してくれよ」
まだ洗剤の残っているタイルの上で足を掛けると、動揺している松山は簡単に尻もちをついた。中途半端にジャージを脱いでいるので、余計身動きが取れない。
「かきっこして、先にイッたほうが負けな。残りの掃除全部一人でやること」
「日向、なに言ってっかわかんねえ!」
松山が、オレから離れようと上体を捻りながら必死で手首をほどこうと暴れる。
「かきっこ、したことねえ? やっぱマスかいたことねえんじゃねえの?」
手首をグイと引き寄せ、耳元へ問い掛けるとビクリと体を竦ませる。その反応に、ヤバイ、と思うほど体がゾクゾクしてきた。オレの中心は、下手をすると触る前から勃っちまいそうだ。
「純情ぶるなよ。これくらい、遊びだし冗談だろ」
松山の目が、また怒りをこめてキッと睨み返してくる。その手首を、オレの股間へいざない無理矢理中心を掴ませた。反撃態勢を整える暇を与えないよう、代わりに連続して混乱を与えなくてはならない。
「あッ……アッ!」
同時にヤツの中心を掴むと、さっきまで睨み返していた瞳が、あっと言う間にまた動揺でゼリーのように揺れる。オレは多分松山の強気な表情を気に入っていて、それ以上にその瞳が脅える様子にゾクゾクしていた。わざと怒らせておいて、その直後に突き落とすこの落差がたまらない。
「ホントはあんまヤッたことないんだろ? すぐイッても笑わねえでやるけど、少しは我慢してみせろよ」
そう言いながら、手にしていた松山の中心を手のひらで包み、ゆっくりと一度上下に撫で上げる。松山の腰が、タイルの上で持ち上がったかと思うくらい跳ねた。
「んだ、触っただけで勃っちまったじゃん」
「ヤッ、」
松山から思わず、泣きそうな声がこぼれる。緩く頭をもたげただけの青い性を、過剰な言葉で嬲る。その目から、汗ではなく本物の涙がこぼれるのを見てみたい。
「ヤダとか言って、純情ぶんなっつってんじゃん。実際勃ってンだから汚ねえなんてのはガキの考えだぜ」
俯いたまま、松山が奥歯を噛み締める音がする。
触れるくらいに包んでいる手のひらを、ほんの少し握るだけでまた腰は跳ね上がる。感じているところを見られたくないという羞恥と、なぜこんなにも体が反応するのかわからないといった動揺が、手に取るようにわかる。松山がはえていると主張した陰毛は、性器に比べれば成長が遅く淡い印象で、もしかしたらそういう体質なのかもしれない。ガキの頃は、随分立派な眉をしていた気がするけどな。成長すると、たまにガラッと印象の変わるヤツがいるが、松山がまさにソレだ。オレは、その薄い体毛の下、なかば強引に上を向かされた松山の中心を、やんわりと上下にしごき始めた。松山は、ギュッと閉じてしまう目を必死に開けようとして、ようやく右目を薄っすらと開けている。苦しそうに寄せられた眉根が、スゲーいい。松山の眉は、ガキの頃に比べると格段整っているが、反町のように器用に手を入れているとは思えない。自然とそう成長したのか、キリッと一文字につり上がった眉は、太くはないが印象が濃いというか、松山の顔で目の次に松山らしさを印象付けるパーツである。その眉をオレが切なく寄せさせていると思うと、股間がグッと脈動した。松山が、手のひらに跳ね返る性の衝動にビクリと震える。
「いいのか? このまま先にイかされちまって?」
「クソッ」
言いながら、松山もわずかに手のひらを動かした。
「頑張れよ、オレはなかなかイかないぜ」
ぎこちない松山の愛撫を合図に、オレも再び手のひらを動かし始める。
既に手の中の松山自身には力が漲り、キレイに剥けている先端が鮮やかな紅に染まり始めている。その奥で、少し小振りなタマがやはり紅く染まっている。それは嗜虐心を煽るほど、勃起していながらなおすんなりとしていた。同じペニスは二つと無い、と成長期のオレ達を慰めるべく保健体育の教師は言っていたが、こんなにすんなりとしたペニスもそうないだろう。松山は、すぐにフ、フ、と息を上げ始め、オレ自身をしごく手のひらは、オレの与える愛撫に合わせてビクビクと痙攣している。最初は、体を強張らせ感じていることを隠そうと必死だったが、いまは射精してしまいそうな快感を遣り過すだけで精一杯といった感じだ。空いている手が、胡坐をかき向き合うオレの膝の、ジャージを握り締めていることに気付いていないあたり、この目的が本当に賭けであれば勝負は初めからついていた。
「あーもーカウパー出てきちゃったぜ? もうイッちゃう?」
できるだけ時間を掛けて松山を嬲りたいオレは、わざと松山が射精を堪えるように言葉で嬲る。形良く括れた先端に、蜜のようにねっとりとした透明な液体が溢れてくる。硬く血を巡らせたその茎は、その蜜を抑えることができない。
「……ッアッ!」
オレの親指が、その先端から滲み出してきた無色透明な体液を、ねっとりと指の腹で撫で付けると、それまで俯き前髪を落としていた松山がビクンと顔を上げた。歯を食いしばり、グッと突き出た咽喉仏は男そのものなのに、オレの中心はなぜか萎えない。上体を折り曲げたまま必死に射精を堪えている松山は、膝から手を離し、オレのTシャツの肩を握り締めるとこれ以上堪えられないとばかりに突っ張ってくる。
「あ、あ、クソ……ッ!」
オレの手のひらの上下に合わせてこぼれる、既に嬌声といってもいいような声に、松山の手の動きには関係なくオレ自身は勃起した。
「ほら、ちゃんと手、動かせよ。それとももうイかせて欲しいか?」
言いながら、空いているほうの手で松山の手のひらの上から自身をしごく。フと、汗でぐっしょりの松山のTシャツの下で、先程垣間見た淡いベージュの乳首がツンと立ち上がっていることに、そのシルエットで気が付いた。その米粒のような突起を、指先で押し潰してやりたい。唇に銜え、歯で甘噛みしながら舌先で嬲ったら、コイツはどんな声を上げるだろう。
「クソッ、さっさとイけよ!」
松山が、いまは握力も感じられない手のひらを、必死に上下させている。
「じゃあ、もっといいところ嬲ってくれよ。こことかよ」
そう言って松山のカリを親指でグリッと刺激すると、突っ張っていた腕がググッと硬直した。
「……ッ!」
「オマエ、いつもしごくだけなの? ヌルヌルになってきたらさ、もっと先っぽいじってやれよ」
「ヤメ、や、ヤダ……ッ!」
それまでどちらかというと手のひら全体で愛撫を与えていた松山自身に、苦痛と紙一重ほどの快感を与える。クプクプと蜜を溢れさせる先端を親指で丸くなぞり、輪にした人差し指と親指でカリのエッジを嬲り締め付けた。
「……ッ、ッア! ……ッ!」
「こんなに硬くして、射精しちまったみたいに溢れさせて、なにがイヤなんだよ」
松山がオレの言葉を体でも感じるよう、カウパー腺液を充血した先端に塗り拡げる。松山は奥歯を噛み締めたまま、イヤイヤと強く頭を振った。汗が、鼻先から顎から滴り落ちる。深い鎖骨に溜まっている。
「日向、手、離せ……!」
焦り、涙交じりにも感じる声。だけど、その目尻から流れる筋が、汗なのか涙なのかはわからない。オレはフと、なめてみればわかるのだろうかと考えたが、よく考えなくても汗も涙も塩味だ。
「あ、も、負けでいいから!」
言葉も最後まで綴れなくなってきた松山が、とうとうオレ自身から手を離し、必死にオレの手を引き離そうとする。力の入らないその筋張った手は、強張り震えるばかりでオレの手に指先を絡めることすらままならない。
「日向、もうオレの負けでいい……!」
射精を堪えグッと体を折り曲げた松山の額が、オレの鎖骨に押し付けられる。濡れた前髪の感触、熱い額、そしてポタポタと落ちてくる熱い滴は……確かに汗ではなく涙であった。
オレは、その泣き顔が見たくて、そして射精する時の松山の顔が見たくて、空いているほうの手でその短い後ろ髪を掴むと強引に上体を起こさせた。股間の松山自身は、形良くこれ以上無く反り返り、裏筋も血管もビクビクと射精寸前であることを訴えているが、やはりグロテスクなほど浮き出てはいなかった。その後ろで、射精を控え紅く充血した陰嚢がグッと縮こまっている。
同じ男なのに、っつーか松山なのに何でだ、スゲーカワイイ。
「ひゅが、も、て、はなせ……よっ」
松山は、自分が泣いていることに気が付いているのだろうか。それより、あの松山がオレにお願いごとなんてな。
「負けでいいなら、サッサとイけよ」
「フザケンナ……! でちまう……!」
「イッたらそりゃ出んだろ」
言いながら、そうだ顔も見たいけど、射精しているところを見られてまた松山が悔し泣きする顔もいいよなあとオレはバカなことを考えていた。
「ヤ、も……!!」
何か言おうとした瞬間、松山はブルブルッと震え射精してしまった。綺麗な放物線を描いて、少し薄めたコンデンスミルクのような体液がオレのTシャツにかかる。松山はギュッと目を瞑り、波のように何度か押し寄せてくる射精感に体を強張らせながら、あ、あ、と小さく声をこぼした。オレが掴んでいた髪を放すと、ドッと胸元に倒れ込んでくる。
ハァハァと口で息をしている松山は、浴槽の湯気でのぼせたのかそのまま意識を失ってしまった。肩を掴み体を起こすと、グラリと頭を揺らす。肌の、比較的軟らかい部分はみんな桜色で、まだピクピクと痙攣している滑らかな内股に伝わる体液が妙に色っぽかった。タイルに横たえると、「う、」と小さく呻いたその声がまたなぜかたまンなくて、オレは膝立ちで松山を見下ろしたまま最後までイッた。
「……ッ、う、」
上体を起こし、口元にボトルごと冷えたペットボトルの口を持って行くと、その温度にピクリと瞼が動く。
「口開けろ、飲めよ」
とはいえ、気管に入っては不味いので、とりあえず乾いた口内を湿らす程度に流し込む。ゲホッ、と一口目を口端からこぼした松山だが、その冷たい感触に力無くではあるが頭を起こし、傾けられたペットボトルからゴクゴクと電解質の水を飲んだ。呼吸は荒く、まだぼんやりと焦点の合わない目をしている。オレは、松山をもう一度脱衣所のベンチに横たえると、冷水に浸し軽く絞ったタオルを額に載せてやった。ちょっと遊び過ぎたか、熱さと、過度の緊張で松山は脱水症状寸前だった。
「気持ちワリィ……吐きそうだ……」
天井を見上げる松山は、直前のことを覚えていないようであった。なぜオレとここにいるのか、そもそもここはどこなのか、といった表情をしている。
「姫抱っこで部屋まで運んでやろうか?」
オレの嫌味も理解できないようで、ただぐらりとこちらに顔を向ける。脱衣籠に用意した着替えを抛ってやると、松山は頭痛がするのか眉をしかめながら、のろのろと体を起こした。大きく吐いた息が、震えている。
「貸してやるよ。オマエのぐしょぐしょだからな」
松山は、Tシャツを手にしながら、まだオレの言っている意味がわからない、といった感じだった。だが床に置いた別の脱衣籠の、濡れた自分のジャージと手元のTシャツを交互に何度か見るうちに、黒々とした瞳が見開かれ揺れ始める。
「な、な、テメ……ッ」
「結局オレが一人で掃除したんだぜ。賭けには勝ったのにな」
言葉より先に、渡したTシャツが投げ返された。
「ひとつ貸しだな。なんならもっかい勝負するか?」
「ふざけんなよ……!」
松山は、掴み掛かろうとしたしたつもりだろうが、ガクリと膝を折り、その腰に掛けておいたバスタオルを床に落とす。オレに腕を掴まれ、ついさっきまで嬲られていた中心をさらし、松山は完全に記憶を取り戻したようであった。オレの、手のひらの感触も。体を強張らせたまま、ようやく熱の引いた体にまた羞恥が朱をそそぐ。
「まだ終わらないのかい?」
ガラッと前触れも無く入ってきた三杉に、オレの手を払い除けた松山は手探りでTシャツを掴み、声を掛ける暇を与えず着替えると籠や壁にぶつかりながらけたたましく出て行った。
「のぼせて湯船に落ちちまったんだ」
「『落とした』んじゃないのかい?」
「なんだよ、着替えまで持ってきてやったんじゃん、仲良く掃除したぜ」
濡れた松山のジャージが入った脱衣籠をインサイドキックで滑らせると、足の裏でピタッと止めた三杉は、オレを一瞥し籠の中のジャージを軽くたたみながら取り出す。
「仲良くしたつもりなのはキミだけじゃないのかい?」
オレは「さあ」とかわいらしく首を傾げて見せたが、三杉はまるで見透かしたような視線を投げ掛けてくる。
「キミだけスッキリした表情をしているんだよね」
そう言い残すと、三杉は松山の衣類を手に脱衣所を出て行った。オレは、ふざけた表情のままポーカーフェイスで見送った。
三杉がどう思ったかなんて、いまはもうどうでもいい。
それより松山が。
あのオクテな松山が、これからマスをかくたびオレを思い出すことを考えるとゾクゾクした。もしかしたら、ヤツはその所為でしばらくマスがかけないかもしれない。合宿が終わっても、『ソノ時』だけはアイツの頭ン中はオレでいっぱいで、そしてオレの頭の中は、どうすればまたヤツを泣かせることができるかでもういっぱいだった。
だけど、ただ泣かせるだけじゃつまらない。アイツが本気で突っ掛かって、ぶつかってきて、その上でなくちゃつまらない。だから、今日のことはしばらく忘れた振りをしておくと決めた。
どうってことない悪戯だったって、ケンカの延長なんだって、思わせて今度は唇で触れる。あの肌に。湯気と汗でしっとりと濡れていたアイツの真黒な髪を、今度会った時には合宿所の無機質な白いシーツにぶちまけるのだ。
それが、本当はオレの負けゲームの始まりかもしれないって、気が付かなかったことにしたのはアニマルなお年頃だから、ということにしておきたい。
これはゲームの始まり。イッてもいいけれど、言ったら負けの難易度上級。
口だけじゃなく、ここからは目も閉じたほうがきっといい。
END
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