サタディナイト(松山の場合)








 週末に日向のアパートに行くようになって半年は経った。
 ヤツの部屋にはいつも誰かしら上がり込んでいて、そしてオレはそいつらがいてもいなくてもヤツの部屋に上がり込んでいた。
 何故ならそこは思ったよりも居心地がよかったから。


 飲み会の翌日には日向が散らかった空き缶を地域指定のゴミ袋に分別して投げ入れていた。キレイ好きってカンジではなかったが、特に面倒くさいカンジでもなかった。一緒に起きた時はオレも手伝った。
 みんなが帰った後は。セックスすることもあったし、しないこともあった。日向はオレがいても特に気にする様子でもなく、ビール片手にサッカーやF1とチャンネルを替えそのままうとうとと眠ってしまうこともあった。オレは、いつもはわりと不機嫌なんじゃないかと思われがちなガン付の悪い日向の目が閉じられ、不揃いなのが逆にどこかスタイリッシュな長めの前髪に隠れているのをこっそり見たりした。
 日向は最近大人になった。や、中身は変わんないと思うんだけど。汗でユニフォームが張り付いた時なんか、浮き出る骨格が明らかに学生時代とは変わってきた。硬くガッシリとした筋肉がつくようになった。
 同じ仕種なハズなのに、意識し始めると中身まで違って見えてくる。飯を食ったり、顔を洗ったり、どうってことはない仕種なのにやけに気になった。そんなことを意識していると、一緒にいてあしらわれているような大切にされているようなよくわからない気持ちになってしまう。それでも日向は変わらず接してくるので、つい居心地のよさを感じてしまうのだ。
 本当は、時々知りたくなる。日向も同じ居心地のよさを感じているのか・・・


 その日もオレは日向のアパートに行った。21時からの映画を見ようと弁当以外にビールも1ケース買った。日向はやはりコンビニの弁当をレンジに入れているところで、オレはヤツの冷蔵庫を勝手に開けるとビールを詰め込み、映画が始まるのを弁当を食いながら待った。
 日向はあまりTVに執着しないタイプで、オレが勝手にチャンネルを替えても何も言わなかった。スポーツ番組やニュースをなんとなくつけているらしく、ラジオよりは映像があるほうが落ち着くようであった。
 6畳よりちょっと広いかという部屋にベッドとTVが置いてあって、その間の小さな座卓でオレ達はいつも飯を食った。飲み会の時には、このスペースがキッチン側へなだれ込む。ベッドに背を預け、狭いスペースにデカイサッカー選手が二人おさまる様子に今迄何度かオレは自分で吹き出した。

 映画が始まっても、日向は先程から読んでいるサッカー雑誌から顔を上げなかった。それでも、隣に日向がいるっていうのが・・・ちょっと嬉しい。
 映画は結構ハラハラドキドキで、一人で見なくてよかったと思った。ヒトが集中して見ていると、退屈しだしたのか日向が背中に雑誌をぶつけてきたりした。その頃にはオレもだいぶ映画に入り込んでいたので、無視すると抱きついてきやがった。仕方がないから放って置いた。だってビデオに録ってなかったし。
 展開が落ち着いて先が読めてくると、背中の日向がおとなしくなっていることに気付いた。フと視線を落とすと、ヤツの腕がオレの腹の辺りで緩く組まれている。まだ腕時計を外していない。帰ってきてからすぐオレが来ちまったんだな。日向はいまはもう黙って映画を見ているようで、オレは日向に背中を預けたまま映画を最後まで見ることにした。
 だって、それが気持ちよかったから。


 映画が終わると、日向がチャンネルを幾つか替えたが特に見る番組もなく、ヤツはリモコンを放り投げると立ち上がり着替え始めた。
「もう寝るのか?」
「何か今日は疲れた。オマエ、フロ入るなら使っていいぞ。オレは朝シャワー浴びるから」
 そう言うと、日向は台所で歯を磨き始めた。
「もしかして、オレ邪魔だったか?」
「バーカ」
 日向はそれだけ言った。

 オレは、なんだかすぐに一緒のベッドに入るのは恥しかったのでもう一度フロに入ることにした。
 日向の言葉に偽りはない。いつだって、建前で話すヤツじゃないから。
 今日だって、来てもよかったんだと思う。
 ただそれが、オレは妙に嬉しかった。何もしなくても一緒にいてくれる。何もしなくてもムダじゃないと言ってくれる。
 それって、日向もオレと同じ気持ちっていうことなのか・・・

 オレは、なんとなくつい自身に手を伸ばしてしまった。日向に告白されるまで、オレ達がこんな関係になるなんて考えもしなかった。他人にこんなところを触れられるなんて想像もしなかった。ましてや日向に。
 オレは自分でしていた頃を思い出しながら、だんだんと日向との行為に思考を奪われ始めていた。日向の手、体温・・・
「ひゅ・・が・・」
「おい、ブッ倒れてんじゃ・・・・」
 突然入口が開き、一瞬頭から血が足の先まで一気に落ちていくのを感じた。日向は驚いた顔で「ワリィ」と言いながら勢いよく入口を閉めた。オレは湯船の湯を浴びると頭の天辺まで熱い湯に沈めた。
 日向に見られてしまった。オレがアイツの名前を呼んでしまったのも、聞かれただろうか。それより、何てことしちまったんだ!!
 もう、日向の顔が見れない。何て謝ればいいんだろう。他人の家でヌクなんて最低だ。そんなことされたら気持ち悪いよな。それより、自分がオカズにされてたなんて知ったらもっと気持ちが悪い。
 どうしたらいいのかわからず、ただ湯船に涙がこぼれた。出たら、すぐに着替えてアパートに帰ろう。でも日向には何て言えばいいんだ。
 オレは、グルグル考えた。答えは勿論出なかった


 突然入口が開き、日向がそこに立っていた。
「やっぱりな。のぼせるぞ。いい加減に出ろ」
 オレは動けなかった。いつもみたいに意地を張って動かないんじゃなくって、手も足も、咽喉も。体が内部から動かなかったので、動くことも喋ることも出来なかった。
 日向は、溜息をつくと中に入ってきた。反射的に、体が湯船の端に下がる。日向は浴槽に手をつくと身を乗り出し、片手でオレの頭を抱えてキスしてきた。
「んんっ」
 最初から舌を入れ、深く絡めてくる。逃げるように舌がすくんでしまうが、許されず熱い舌が這わされる。深く貪られ、絡め取られた舌を甘噛みされた。
 浴室の中、信じられないくらいに水音が響いた。日向が顔の角度を変えるたび、互いの唾液が離れる音が響く。オレはいつのまにか、日向とのキスに没頭していた。
 日向が顔を離すと、唇が透明な糸で繋がりオレは慌てて口元を拭った。その時、湯船から別の水音が上がった。
「!!日向!何しやが・・・!」
 言葉は最後まで綴れなかった。中途半端な状態で放り出していた中心を握られ、オレは思わず日向の首にすがりついた。
「ん!ぁっ、ぁっ、ヤ・・・だ!」
「出しちまえよ。まだなんだろ」
「ヤだ!できな・・・っ」
 日向はオレの言葉を無視して激しく手を動かした。一度自分で掻き立てた欲望は簡単に熱を煽られ、先端を親指で擦られると水中なのにぬるりとしたものを感じた。
「ひゅうが、頼むからやめて・・・っ」
 限界をこらえオレが懇願すると、日向は再びオレに口付けながらより激しく手を動かした。
「なんで・・・。オレの手でイッてくれよ」
 湯船に乳白色の液体が拡がってしまった。オレは、ビクビクと痙攣しながら日向の肩にもたれ込んだ。


 気が付くと、オレはベッドの上だった。日向のパジャマを着ていた。
 日向はコップにミネラルウォーターを注ぎ、オレを抱え起こすと口元まで運んでくれた。
 額にあった冷たいタオル。脱ぎ捨てられたままのオレの服。だんだんと、オレは自分が倒れた事実を思い出していた。
「オマエが!あんなことするから!」
 謝るつもりだったのに、咽喉が支えつい別の言葉を口走ってしまう。
「嬉しかったんだぜ、オレ。したいのはオレばっかりだと思ってたから。無理させてんじゃないかと思うこともあった」
「オレは、無理矢理男に押し倒される程弱くない」
「わかってる。オレが弱いんだ、オマエのことだとすぐ考え過ぎちまう」
 日向は、オレが驚くようなことを口にしだした。
「一緒に住みたい。でもいまの関係が壊れるのもイヤだ。オレ、オマエといたら自分を抑えられそうにねえもん」
「イヤな時はイヤだって言うよ、オレ。オマエの好きになんかさせねえよ」
 オレは、いま、ハッキリと気持ちを伝えなくちゃいけないと思った。言わなくても通じるとか、いつかは通じるとかそんな曖昧なモノにオレ達の関係を委ねたくなかった。それでも日向の目を見ることが出来ず、オレは日向に背を預けたまま続けた。
「オレだって、オマエとしたい。でも今日みたいに何もしなくても一緒にいられると。何もしなくても一緒にいられるんだと思うと、凄く嬉しくて、急にオマエのことが凄くスキだと思って・・・」
 カオがどんどん熱くなるのを感じた。日向は、背中からオレの肩口に顔をうずめると強く抱き締めてきた。胸が、切なく締め付けられるようだった。「なんか、自分が恥しくなってきたぜ・・・」
「オレも」
 しばらくお互い言葉を発せず黙っていたオレ達だったが、意を決してオレは日向に問い掛けた。
「する?」
「いや、ここでこのまま眠るのがオットコマエなんじゃ」
「でもオマエ、半勃ちじゃん」
 途中で気付いてしまった。腰に感じる熱くて硬いカタマリに。
 オレだって男だから、そこから何の処理も無しに眠るのは難しいことを知っていた。それよりも、オレ自身日向に触れたかった。
「オマエも、そういうこと言うなよ」
 呆れたように、照れたように日向がこぼした。
「じゃあ・・・したい」
 オレは、今迄一度も口にしたことの無かったセリフで日向を求めた・・・


 顎に手を掛け上を向かせられ、奪うように口付けされる。乱暴なくらい強引な日向のキス。でも、いつだって本当はあらがえない。キツク舌を絡め取られても、添えられる手のひら以上の熱を感じていた。
 飲み込みきれず、どちらのものかわからない唾液がオレの顎を伝う。
 気が付くと、日向がパジャマをたくしあげ手を差し入れてきた。オレの肩口に顔をうずめたままごつごつとしたその手を這わせてくる。
 かすめるように胸の突起に触れられ、バランスを崩しオレは日向にもたれ込んでしまった。そんなオレの耳に、日向は唇を這わせてくる。日向の熱い吐息が吹き込まれ、それだけでどうにかなりそうだった。
 日向は脇腹から這わせるようにトランクスに手を差し入れると、既に熱くなっていたオレ自身を手のひらに包み込んだ。そのままオレに着せていたパジャマを脱がせると、手を動かし始める。
 聞かれたくないのに、感じ過ぎて息が上がってしまう。肩越しに日向が見ているような気がした。ヤツの手の中で、オレの中心はどんどん熱を持ち、硬さを増してくる。こぼれる滴が日向の手のひらを汚すのを、オレは霞みそうになる視界で見ていた。日向の日焼けした腕がオレの腰を逃がさないよう抱え込み、反対側の手のひらでオレ自身を慰めている。絡められる長い指先に、次から次へと滴がこぼれた。
 日向はソレを拭うように一度ゆるりと扱くと、指先を奥へ移動させていった。いきなり中指を差し入れられ、鉤状に曲げ弱い部分を突かれる。
 オレは引き寄せた膝に激しくしく額を擦り付けた。
 しかし日向はオレの膝裏を掴み、胸元に引き寄せると更に別の指を差し入れてきた。
「・・・!!ぁっ!ぁっ!」
 抱えられた足先が痙攣し、膝頭を擦り合わせてしまうと太腿に日向のガッシリとした腕を感じる。たまった熱を放とうと、勃ち上がった自身がその手首に触れ、抜き差しされるたび余計に感じてしまった。日向にいじられ、どうしようもなく感じている自分が俯くたび目に入り、かぶりを振る。だけど、その手が日向のものだということにどうしようもなく感じているのも事実だった。
「松山、どこが感じる?」
 知っていて、いじわるな質問をする。敏感な部分を強く擦るように指を抜き差しされ、限界がそこまで来ていた。
 その上で指先を引き抜き再び中心を慰められる。
「やぁぁぁぁん!!」
 日向は、最初の時よりずっ扇情的に指を絡めてきた。射精を促すように扱かれ、喘ぎ声ばかりがこぼれてしまう。
「ひゅ・・が・・!ダメっ、ダメだ・・ヤめ・・!」
 こんなカッコウでイクのは嫌だった。日向に追い上げられ、その手を汚してしまうオレ自身を見なくてはならないなんて。日向にだって、肩越しに見られてしまう。
 オレよりずっと日焼けした肌。その腕に抱かれている、その視界だけで本当は感じた。硬い腕に更に感じた。
 日向に抱き締められ、感じるように触れられて、耐え切れるはずは無かった。オレは日向の手のひらに包まれたまま達してしまった。

「入れてもいいか?」
 呼吸もままならないオレの耳元に、日向が熱で浮かされたような言葉を吹き込んでくる。
「そ・・ゆこと言うな・・・・!!」
 日向はオレを正座したまま額をシーツに押し付けるようにうつ伏せにし、ヤツ自身もすっかり滴をこぼしている中心を宛がってきた。その熱さと硬さにびくりと体が震えてしまう。
 背中に幾つもキスを落としながら、日向はゆっくりと腰を進めた。
 背後からしっかりと抱き締め、肩口に熱い吐息を落としてくる。何度もイかされ、日向の手のひらに敏感になってしまっていたオレは前を弄ろうとする日向の手のひらを制した。もう、触れられるだけでイッてしまいそうだった。日向とのセックスで、こんなに興奮したのは初めてだった。
 貫かれる度、甘い痺れがどんどんたまり、日向の腰の動きに合わせて小さく声が漏れてしまうた。
 日向は今迄に無くオレを求めてきた。食い込む指で痛いくらいに引き寄せられ、突き上げられる。引き抜くと更に強く突き上げられた。日向は何度も何度も、覆い被さるようにオレを抱いた。
 オレはいつのまにか、涙をこぼしていた。
 もっと日向のしたいようにして欲しい。求めるまま体を合わせたい。
「もっと・・シテ欲しい・・っ、もっと、奥までシテ・・っ」
 日向は一度オレに口付けると、腰を抱え激しく打ち付けてきた。


 瞼が今迄経験したことの無い程重たく、オレは日向の隣にぐったりと横たわっていた。日向がそこにいるのを確認したくて、なんとか腕を上げるとその膝に乗せた。
 日向は何かを飲みながらチャンネルをぽつぽつと替えていた。F1の独特の排気音が狭い室内に小さく響く。オレは、いつもの日向が傍にいるのに安心して、その足に少し擦り寄った。

 明日はどんな顔をすればいいんだろう。

 眠りに引き込まれる端でオレはひとつだけ確かめた。
 オレの気持ちは変わらない。
 今迄通りに振舞えなくても、そこからまた始めればいい。オレが日向を好きだってことは、変えられないもの。
 フと、唇に日向が触れるのを感じた。
 明日の朝は、先に起きてオレがヤツの唇に触れてやろうと考えながら、オレは今度こそ眠りに引き込まれていった。








END



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