真夏の夜のユメ








 日向、と呼ぶ声がその前に聞こえたような気もした。

「ッテ!!」
  ドカッと、タオルケット越しにくぐもった音を立てみぞおちギリギリに蹴りが入る。
「暑くて寝らんねえな」
「オレは寝てたんだよ」
  どうせオレが寝ていたかいないかは気にも留めていない松山に、最初から観念して起き上がり、ヤツが放って寄越した缶ビールを片手で受け止める。冷えた液体を流し込むと、自分が随分寝汗を掻いていたことに気付く。
「もう一度シャワー浴びるか」
  オレも後でそうするかと枕元の携帯で時間を確かめようとしたその時、松山がオレの左手ごと携帯をシーツに押し付けた。
「どうせシャワー浴びるなら、もう少し汗掻いたっていい」
  言いながら、唇を重ねてくる。
  松山は、奥手だと勝手に思い込んでいた。それどころか、先入観で抱かれることに抵抗があるのはオレのほうだと、体を重ねたその日に思い知らされた。松山は、明らかに挿入する側の性でありながら、あえてオレに体を開いた。言葉にしなくても、繋がるカタチに意味は無いことを、突き上げられながらもオレを抱き締める腕が語っていた。オレは、晒した肌を重ねる度に、切ない何かが塵のように少しずつ降り積もっていくのを感じた。
  松山の舌が、ゆっくりとオレの歯の裏側をたどっていく。うなじからTシャツに差し入れられた右手は、先程の缶ビールで心地よく冷えていた。ベッドに腰掛けていたオレをまたぐように正面から乗ると、オレの中心にグッと股間を押し付けてくる。オレは、既に汗で濡れた肌があますところなく重なるように、松山の膝を抱え上げその足を背に回した。しなやかな筋肉をまとった両足がオレの背に絡められ、体全体できつく抱き締めてくる。だが、ボクサーパンツからすらりと伸びたその足は、オレのように汗で濡れてはいなかった。
「松山?」
「黙ってしろよ」
  言いながら、オレのボクサーパンツを押し下げその中心を取り上げる。
「日向もシテ」
  そう言って、取り出したオレのペニスを布越しに自分のペニスに押し付ける。オレは、促されるまま松山の中心を取り上げると、互いに陰茎を擦り合った。肩口でくぐもった声を漏らす松山の歯が、鼻先をオレの耳元に擦り付けてくる度肌に当たり、その感触にオレが感じていることに気付くと松山はやんわりと歯を立て首筋を愛撫してきた。
  粘着質な水音が立ち始めてからは、互いの陰茎を重ね合わせ扱き、それでも足りずより強く押し付けようと松山の腰を抱き寄せた。そのまま重ねる手を入れ替え、互いの先走りに濡れた右手をボクサーパンツに差し入れ、奥まった場所に中指をあてがう。グッ塗り込むように指の腹を往復させると、ブルリと震え松山がすくむように背を反らした。鈎状に指を曲げ差し入れたが、前立腺までは届かない。それでも、限界まで押し込み出し入れを繰り返し、薬指を足したり抜いたりを繰り返す。フ、フ、と何時の間にか切ない呼吸が繰り返され、重ねたペニスに絡められた手のひらは、捻じ込み内部を探る指先に翻弄され強張っていた。抱き合いキスを繰り返す体位を変えたくなくて、強引に奥を求め与えた愛撫は逆に松山を焦らし追い詰めた。
「日向、このまましよう」
 先程、フと、汗を掻いていないことに気付かされた肌は何時の間にか熱く濡れ、前髪から汗が伝わっていた。スプリングでバランスのとれないベッドの上で、オレに上半身を預け松山が膝に体重をかける。わずかに、腰が浮いた。
 オレは中途半端に押し下げられていた松山のボクサーパンツを股上の付け根まで更に押し下げると、松山の愛撫で硬く勃起した中心をあてがう。奥手かどうかに関係なく、異物の侵入にまだ慣れることのない奥まった場所が一瞬緊張するのをその先端に感じたが、同時に自身の先走りを擦り付けるヌルリという感触に耐えようもない快感が走り、オレはそのままググッと先端を捩じ込んだ。
「ンぅ……ッ!」
 松山が、快感なのか痛みなのか、それだけでは判断できないくぐもった声を漏らす。
「う、ア、」
 二、三度揺するように突き上げると、互いの鼻先が触れる正面で今度は快感に濡れた吐息がこぼれた。
「なんで……ッ」
 震える体で、松山が縋り付くようにオレの首に腕を回す。
「ヤバッ、このカッコ、オマエの……ッろが、あたる……ッ……ッ」
 それが根元に浮き出た血管なのか、カリの括れなのかは聞き取れなかったが、いつもより深くオレ達が繋がっているのは確かだった。
「ふ……ッあ、アッ!」
 腰骨を両手で掴み、叩き付けるように引き寄せながら突き上げる。
「……ッア! ア、……ッヤあ!」
 オレの肩を掴み、無意識に体を離そうとする松山の指が食い込んだ。オレはその顔を覗き込み、唇を求める。視線が合ったような気がした。松山は、オレの髪を掴むと乱暴なくらい強く唇を求め返してきた。
「もっと、」
 もっと奥までシテいいんだぜ、そう松山が言ったように聞こえた。

 先にシャワーを浴びた松山が、ベッドの端に腰掛けていることに、オレは最初気が付かなかった。
「飲むか? もうあんまねえけど」
  そう言って松山が寄越したペットボトルのミネラルウォーターは、あっと言う間にオレの体に干されていった。
「さっさと寝るぞ」
「オマエが起こしたんじゃねえか」
  子供を寝かしつけるように、シーツをポンポンと叩く松山に軽く蹴りを入れたが、オレは結局黙ってそこに横になった。バスタオルでいい加減に拭っただけの雫が、シーツの乾いている部分に吸い込まれていった。背中を向け横になったオレを、松山が背後から抱き締めてくる。
「オマエが強気なのはサッカーだけなんだぜ」
「何の話だ」
「オレと暮らしてから、ずっとうなされてる」
  何の話だ、とシラを切ろうかとも思ったが、否定できないだけの自覚はあった。
「親父のこと呼んでたか?」
「オマエがサッカーに対して強気なのは、勝ちも負けも自分次第だからだ」
  松山はオレの質問には答えなかった。
「自分を信じる限り可能性があるから、オマエはいつでも強気でいられるんだ」
  松山は、オレのうなじに額を押し付けながら続けた。
「だけどオマエは失うことに臆病だ」
  オレがその先を遮ろうと振り向いた時、真っ正面から松山と目が合った。
  松山は、オレの顔を両手で掴んだ。
「オマエは確かに親父さんを失った。だけど、それはオマエが何か間違ったり失敗したからじゃない」
  そんなことはわかっている。だけど、どうしてもそこから先に進めない。
「たとえオマエが間違ったり失敗したりしてもオマエはオレを失ったりしない。自分を信じるようにオレを信じろ」
  オレは、赤ん坊みたいに松山に抱き締められていた。そして生まれて初めて他人の胸で泣いた。押し殺すオレの嗚咽に、気付かない振りをして松山はオレをただ抱き締め続けた。
  寝苦しい、最後の夜。








END
真夏の夜のユメ/スガ シカオ



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