大きな木に甘えて
きちんとカーテンを閉めて寝ているのに、いつも溢れる朝日で目が覚める。それはかえって気持ちのよいことだけれど、それってやっぱりこれが原因かなーと窓際のベッドに目を遣る。
オレ窓際!と言って駆け込んだ直後、あ、やっぱり岬先に選んでいいよと言って顔を赤くした松山は、子供だと思われると警戒したようだが、僕も松山がここまで大人になっているとは思わなかった。
たしかに身長も、体重も、高校生の平均をぐんと抜きいかにもスポーツをしている体なのだけど。
タオルケットを蹴り上げ、窓枠に片足を載せカーテンの端を引っ張っている、松山のトランクスは立派に張り出していた。風呂は大抵共同の大浴場だし、シャワーの後ロッカールームで見ることも何度かあったけど、この状態の松山は初めて。
僕は、何故か松山は朝勃ちなんてしないと思っていた自分に、ちょっとビックリした。
「ん…」
松山が、朝日を遮るように腕を上げ、そのままごしごしと目をこすった。
「みさき…おはよう…」
すぐに目の覚める彼は、むくっと起き上がり、だけど今日はぼんやりとタオルケットがわずかに引っ掛かるだけの足元を見ていた。
突然、ビクリと固まってしまう。
息、してるのかな。僕は心配になって、慌てて声を掛けた。黙って見ていた僕も人が悪い。
「あのね、言っておくけど僕も朝勃ちするよ?」
僕はできるだけさらりと言ってみたつもりだった。
それまでカーテンの影で青かった松山の顔が、カーッと赤くなる。
「生理現象なんだから、恥ずかしがっちゃダメだよ」
保健の先生のような口調で松山をなだめる。松山は潔癖とかそんなことはないハズだけど、それでも朝勃ちしてるのを友達がジッと見てたなんて気付いたら、ばつが悪いよね。
「ゴメンネ、ジッと見たりして。松山の立派だなーと思って…」
「オレ、シャワー浴びてくる!」
焦って饒舌になり過ぎたと気付いた時には、松山は手近のTシャツやらタオルやらを掴んで、今回の合宿所では各部屋に備え付けられていたバスルームに飛び込んだ。間髪入れず、シャワーが浴室の床を叩く音が聞こえてくる。
松山は熱いシャワーを浴びているのだろうか、水だろうか。
僕は、松山が出てきた時に居ないほうがいいだろうかと考えて、でもいつも一緒に食堂に行くのに居ないのも変かなーと思い直し、着替えてから時間稼ぎに自販機へ向かった。冷たいミネラルウォーターを一気に流し込み、自分の顔も熱くなっていることに今更気付いて余計恥ずかしくなった。
部屋に戻ると、いつもより長いシャワーの後松山が出てきて、でもその肌が火照っていたので水を浴びたのではないと安心した。
「朝ご飯、すぐ行くよね?」
「う、ん、」
まだ動揺の残っている松山は、バスルームで抜いてきたという様子ではなかった。黙々と、プラクティカルユニフォームに着替える。
「本当にゴメンネ、気にしないでね」
松山はコクリと頷くと、黙って部屋を出た。でも、ドアを押さえて待っていてくれたので、もう僕は解決してしまったつもりでいたんだ。
松山が黙々と丼飯を掻き込んでいても、広い食堂では誰一人気が付くヤツはいなかった。
「オレ、先に行って走ってる」
もう少し一人になれば、練習が始まるまでにいつもの松山に戻ることができる。そう考えて、僕は行動を別にすることにした。
僕は三杉と予定表の確認があるからと言って、コーヒーを少しだけ食後に頂くと、松山に遅れて食堂を出た。
避けないように、だけど誰にも気が付かれないように松山と適度に擦れ違い。
夕食をともにする頃には、松山も他人に気付かれないよう演技ができるくらい、落ち着きを取り戻していた。
「岬、オレ戻ったらもう一度シャワー使っていい?」
まるで成長期を主張するように、何度もおかわりをした松山が、ようやくお茶を口にしながら尋ねてきた。そういえば、食事前に大浴場へ行ったのに、また少し汗をかいている。
「どうぞ。先戻る?」
うんと言って、松山がトレーの食器をまとめ始めたので、僕はそのトレーにポケットから取り出した鍵を載せた。松山は鍵を無くすというか、鍵を掛けること自体を忘れてしまうので、たとえ同室が下級生であろうと松山が鍵を持っていることはあまりなかった。
「部屋の鍵、開けておいてね。僕もすぐ戻るから」
本当は、僕も鍵を掛ける必要はないと思っているので、僕たちが同室になると誰でも出入り自由が常態に近かった。三杉くんが、でも鍵を掛けていれば『万が一』は決して起こらないから、お互い嫌な気持ちも決して味わうことはないんだよ、と言った意味もとてもわかるけど。
松山は、ガチャガチャと少し落ち着きなくトレーを手に席を立ったけど、でもそれはいつものことなので気に留めるチームメイトはいなかった。
僕は、ロビーの適当なTV番組で時間を潰し、松山がシャワーを使い終わるのを見計らって部屋へ戻った。
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