声をきかせて(日向ver.) 結局は松山のマンションで過ごすことになった。 一日早く休暇に入り前日の夜に直行便に乗り込んだオレは、日本で過ごす日々を考えてはニヤニヤと、辿り着くまでの時間を逆算してはイライラと表情を度々交錯させるアヤシイ乗客だっただろう。オレの席に余りワインをサーブしにこなかったのは、アルコールを与え過ぎるのもヤバイと思われていたからだろうか・・・ まあそんなことは今となってはどうでもいい。 ワイシャツは腕まくり、食器を洗う手もCMのようにウキウキとしてしまうくらいだ。オレ達は都内で合流、百貨店でアルコールをあれこれ購入し、ついでに地下の食品売り場で惣菜(と呼ぶにはオレには豪華過ぎる)を購入すると松山のマンションに真っ直ぐ戻ってきた。 ハッキリ言って、「片付ける」という機能のついていない松山だが、クローゼットに詰め込んだのがミエミエとは言えオレが来るのを心待ちにして掃除してくれていたという事実はかなりオレを感動させた。今回は日にちがあるので心の余裕も大きく、食事を終えた後オレはメシのお礼に(百貨店での買物は松山の奢りだった)食器を洗うことにしたのである。本当は、土産にイタリアからワインやチーズでも持ってくればよかったのだが、最終便に乗り込むことしか頭に無かったオレはそれどころではなかった。 しかしすぐに押し倒さず食器を洗うという行動選択は間違っていなかった。これが心の余裕の副産物か!!このことは学習機能にきちんと刷り込んでおかなくてはならない。 松山はベッドの上で壁に背を付け体育座りのようなかっこうでパラパラと雑誌をめくっていた。それはファッション誌なのだが、若島津が特集で取り上げられている。 「日向、後で見るだろ?」 「ああ〜、それもう見た」 「え?!何で?!」 何となく、竹馬の友はやはり気になるのだ。向こうの洋書コーナー(外国に行くと日本の雑誌は洋書になる。当たり前のことだがオレは驚いてしまった)でつい手に取ってしまう。しかも買ってしまったり・・・ 「何だ。せっかく見せようと思ったのに」 松山は本当はもう全部読んでしまっているのであろう雑誌をちぇっとか言いながらまたパラパラとめくっている。ベッドの上で。 そう、この「ベッドの上で」というのがポイントだ。 松山は用心しているのか普段ベッドに上がらない。それはオレも日本にいた頃、ベッドの上でくつろぐ松山を(というか床が散らかっているのでベッドの上でしかくつろげない)漏れなく押し倒してきたので「ここは危険だ」という刷り込みを与えてしまったのだ。まあオレは場所にはコダワラナイけどな!! そんな松山に、セックスは背徳ではなく愛であることを教えるのに一体どれくらいの時間が掛かったであろう。快楽が主体ではなく付随するものであることを教えるのには、ウブ過ぎる恋人だった。オレの指先に、過敏に反応するその姿を見られまいと必死に奥歯を噛み締めるその姿が何だか可哀相でもあって、自慰を激しく超えるような愛撫は避けてきた。案外Sではないらしいオレ。しかしこの作戦は効をなした。やはり愛はゆっくりと育てるものだ。(若かったのでたまには例外もあったが) 松山は、だんだんとキスに応えてくるようになった。抵抗を緩めたのが最初の合図。少しずつ、舌を這わせる。松山はセックスしない時のキスのほうがスキなようだったけど。 でもいつもそうはさせない。こんなに素敵な恋人がいて、キスだけなんてそいつは異常だろ? 長くなってしまったが、ベッドの上に登るのが後年見付けた二つ目の合図である。 されても怒らない時。わかっていてそこにいて、抵抗するのは卑怯だと思っている。でもそれが誘っているなんて、本人は気付いちゃいない。そこがまた、後々付け込みどころなんだけど。 どんな風に抑えればいい?夢でまで抱いた恋人が、自分もそうだと後ろでちょこんと待っている・・・・・ 「何かまた髪伸びたな」 ベッドを深く軋ませ松山の横に腰を下ろし、顔を寄せるようにグラビアを覘きこむ。エロくてスマン!! 「この前会ったら切ってたぜ。いつもと同じくらいに戻ってた。ああああ!会ったってゆーか!ボコボコにされたんだけどな!!」 ボコボコにされたってのはファーストステージの最終戦のことだろう。でも若島津の話だとあれは昨シーズンのリベンジってことらしいけどな。オレはグラビアを覗き込んでいた顔をそのまま松山の唇に寄せるとそっと重ね合わせた。 やはり。あれこれ考えてもこれ以上ガマン出来そうにない。もっといいアプローチがあるのかもしれないが、それは未来のオレへ託そう!! 今はもう、ただ目の前の松山だけが欲しい。 松山は、友人に見られている気がして恥ずかしいのか目を閉じたまま手探りで雑誌を閉じた。そんな松山の腰に手を回し抱き寄せようとすると、立てた片膝をオレの背と壁の間に押し込むようにして松山も横から身を寄せてくる。顔の角度を変え、深くオレのキスを求め。 大人の余裕を手に入れたフリをしているけど、閉じた目尻に力が入っていて、慣れない行為に知らずオレのワイシャツの裾を握り締めている。耳たぶまで赤くなっているのはヒミツ。真剣な恋人に後先無く狂ってしまいそうなのは本当はオレのほうだから。 後ろ髪に手を差し入れると地肌の温かさを心地よく感じながらゆっくりと松山の舌を自分の舌でなぞった。おずおずと、絡められてくる微かに震える松山の舌に離れていた分の愛情が感じられる。 そのまま一気に押し倒してしまいたいのを、渾身の気力で堪えると、それ以上深く口付けは交わさず唇を鎖骨から咽喉へと何度も啄ばむように落としていった。Tシャツの裾から素肌に手を這わすと、松山はビクリと震えながらもオレのワイシャツのボタンに指を運び、自分もオレを求めていることをなお伝えてきた。が、腰骨の辺りを手のひらで弄られ弱い耳たぶを唇に含まれると、不器用なその右手だけではワイシャツのボタンは上手く外せないようであった。 オレは自分でシャツの前をはだけると、松山のTシャツもたくし上げ露になった胸元に口付け日焼けの浅い素肌に朱が散るさまに更に熱を煽られた。 オレは上半身を折り、松山を壁に押し付けたまま胸元の平らな果実に口付けた。松山が、小さく短く息を吐く。その部分だけ舐め上げるとすぐに、ラズベリーのつぶつぶのひとつみたいにプツリと立ち上がり艶やかに色付いた。その小さな、張りのある突起を歯の裏で扱くように舌で舐め上げ、もう片方も指の腹で押し潰すように淫猥に触れると松山は後頭部を壁にぶつけるように背を反らした。 「ひゅう・・・がっ、ヤダッ」 過ぎる快感に呼吸の間やっとのことで訴えてくる。オレは素直にそれを受け入れると再び唇を重ね合わせた。松山が首に右手を回してくる。オレの頭を抱え込み触れるだけのキスを繰り返した。硬い松山の腕。肩も、胸元だって。ただどこか青年の細さを残している骨格が、少しだけ先に成長を遂げたオレの腕の中に収まりオレを掻き立てる。 オレは、ゆっくりと触れるだけのキスを降ろしていった。ある地点を過ぎた所で松山が喘ぎ混じりに疑問を口にする。 「日向?」 構わず腹部に口付け、形のよいヘソの辺りにも口付ける。指先はもう松山の穿く細身のチノパンのボタンに掛かっていて。 「ちょ、ちょい待った!日向!!日向!!」 あせった松山がうわずった声でオレの名前を連呼しているがオレはそれを無視してトランクスごと膝下まで脱がせると、太腿の付け根ギリギリの所にキツク跡を残した。 「やああああ!」 今迄必死に飲み込んでいた声がこれまでの甲斐なく上がる。 オレは膝裏を掴むように松山の両膝を立てさせるとそのまま松山の本当に弱い下腹部を中心に口付けるように愛撫を繰り返した。 「やぁ・・ッ!・・ひゅ・・が!ホント・・・にヤだっ!!」 知っている。松山の下半身への口での愛撫に対する抵抗は本物だ。どれくらい本物かというと、普段だとここまで乱れていてもガッツリ拳で反撃を食らう。殴ってでもオレを引き剥がすのだ。多分本当にただ恥ずかしいだけ。秘められた部分にそんなに顔を近付けないで欲しいだけ。そして弱い下腹部を弄られ、まるでもっとと滴で濡れる自身を見付けられたくないのだ。 やはりどこかまだ快楽に応える自分の体を後ろめたく思っているのだろう。だけどそれはオレとのセックスしか知らない証拠で、こんな風になれるのはお互いだけだということをこのカワイイ恋人は未だに知らない。勿論経験させるつもりもないけれど。 だからこうしてゆっくりと、関係を進めているワケで。 直接触れているわけではないのに、松山の吐息がすすり泣くように切迫を帯びてくる。 「ひゅうがっ、お願っ・・・いだから、もォ、ヤッ・・・っ!」 再び太腿の裏に唇を這わせていたオレは最初につけたシルシの近くにもうひとつ濃い跡を残してから顔を上げると、もう一度松山にキスをした。 「ゴメン。今日はガマン出来ねえ」 そう言った自分の声が思いのほか熱を帯びていて自分でも驚いてしまった。冷静でいるつもりでいて、実際は思考よりずっと先に流され始めている・・・ 熱で潤んだ松山の黒目がちな眼に視線を残したままオレはまた顔を降ろした。松山は抵抗しようにももう体は波に攫われているようであった。 「うんん!!」 熱く濡れた粘膜質に自身を含まれ、思わず松山がくぐもった声を上げる。その声をもっともっと聞かせて欲しい。オレはそのまま奥まで含むことはせず、膝裏を掴んでいた右手を添え既に滴を溢す形を成した松山自身に舌を這わせた。 「んっんっ・・・んん!」 血を失って白くなる程シーツを握り締める松山の手が視界の端に入る。手を重ねると握り返してきた。再び松山自身を口に含むとオレの頭の上下に合わせて短い嬌声が繰り返される。まとまった呼吸の前に一際高い声が抑えようもなく上がる。立てられた膝頭がガクガクと痙攣し、本能的に腰が動いてしまうのを松山は止められないでいた。 「・・・っ、あっ、あっ、あっ・・・・・ぁ!!」 松山は普段声を上げない。何故ならそこまでに至る過程が、声を上げまいと堪えるその様が見ていてこちらもちょっとツライので、追い上げ、焦らすような濃いセックスはオレもしないからだ。でもこうして時々は、快楽のゲージを拡げていってもいいだろう。何よりも、こうしてオレに無数の言訳を考えさせるくらい、そして本当は思考を奪い去り野生に駆り立てる程その声は愛しい。 「あっ!ヤだっ!ヤダッ、ひゅうがそんなトコッ・・・」 身じろぐ松山の太腿を壁に押さえ付け、いつもはオレ自身も余り目にしないバラ色の蕾に舌を差し入れる。 「やああ!!ヤッ・・・、汚ねぇ、よ、そんなトコッ!!」 まるで初めて抱かれるような恥じらいでオレの髪を掴み押し退けようとするが、体中のどこにもそんな力は入らないようだ。 「あっ・・・あんんっ・・・・・!!」 意外とハスキーな松山の声が更に掠れる。いやいやをするようにパサパサと振られる前髪が、汗で少し束になって揺れている、そのさまだけで十分腰に溜まり続ける熱を煽られる。いつもであればゆっくりと指で解すその蕾を、丹念に舌で埋めるように愛撫した。差し入れるタイミングで松山の小さな嬌声がさっきよりも切なく繰り返され、その声をもっともっとと花弁を一枚一枚なぞるように舌を這わせた。正直、オレはもうイッてしまいそうだった。 「ひゅう・・・がっ、も、おねがいっ・・・いれてっ・・・」 いつもなら決して聞くことの無い言葉に、崩れ落ちそうな松山の限界を感じる。オレ自身も限界だった。 そこから先は短かった。 別に経験不足なワケじゃない。 しがみついてきた松山の体は今日まででイチバン心地よかった。 暖かい毛布の中でオレは背後から松山を抱きしめていた。 松山はそれ程怒ってはいなかった。その素肌はもう乾いていて、肩口に顔をうずめるとこちらはまだ湿っている髪がオレの頬に触れた。オレは散漫に這わせていた手のひらを松山の口元に運ぶと、指先でその形のよい唇を辿った。中指を少し下唇の裏に這わせると、その濡れた感触に再び腰が重く熱くなってしまう。 (ヤバイヤバイ;) オレはそんな思いを振り切るように腕を下ろして松山をぎゅっと抱きしめた。すると松山がオレの腕の中で身じろぐように体の向きを変え顔を近付けてくる。 まさかの松山からのキス。 「オレ、ヤじゃねえよ。オマエとするの」 顔を見られたくないのか、松山はオレの鎖骨の辺りに額を押し付けてくる。オレはすぐにでもさっきの続きに戻りたいのをぐっと堪えて(本当は下半身は耐え切れていなかったが)松山の告白に答えた。 「オレのことがスキだから?」 「〜〜〜〜!!」 否定を含まない抗議の怒りに真っ赤になった松山が顔を上げた。すかさずやんわりキスをする。 「オレはスキ。するのもオマエとだからスキ」 これは本当。疑問を挿んだ反町は前回の帰国でボコッておいた。 いつもなら先程のやりとりでバカ話に流れそうなところを、もう一度やんわりと口付け顔を上げた松山の目尻に、こめかみに、額にと口付けていく。体中にキスしてやりたい。 「マジでスキ」 会えなかった分の思いに加えて、普段は伝えられない分まで思いを込める。 松山は再び額を押し付けてくるとオレの背中に腕を回し抱きしめてくれた。胸に掛かる途切れ途切れの吐息が、何か言葉を紡ごうとしていることを伝えていた。 オレは松山が声に出してその言葉を紡ぐ前に、再び唇を重ね合わせた。 急がないで。 今日はゆっくりと。たまにはダラダラとベッドで過ごすのもいいだろう。 室温に戻ってしまったけどワインはここから手の届く所にあるし。腹が減ったらオレが何か作ってやろう。 今夜は松山をベッドから降ろさない。 声をきかせて。 今夜はもっと、もっと。 END |