ひとりの夜に(ふたりの朝に)








 それまでうつ伏せに寝ていたヤツは、前触れもなく頭を数センチ浮かすと、そのままのそりと起き上がった。




フラフラと浴室に向かうと、だいぶ暫く経ってからシャワーがユニットバスの浴槽を叩く音が響き出す。
 タオルを腰に巻かず、水滴をボタボタ落とす頭髪に引っ掛けキッチンを兼ねた廊下に出てきたヤツは、冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出し、それでもまだオレに気付かなかった。オレは待ち切れる訳もなく、立ち上がり、近付きそしてキスをした。
「ひゅう・・なんで・・?!」
 松山はまったく理解できないようであった。ということは、勿論まったく憶えていないということか。
 オレは、松山にそれ以上質問する余裕を与えず貪るキスを繰り返した。ミネラルウォーターで一気に冷やされた口内が急速に熱を取り戻す。強く腰を抱き寄せ、押さえ付けるように掻き抱いた頭に角度を変え唇を合わせ、無理矢理大きく開けさせた口内に自分勝手なくらい強引に舌を這わせた。オレの舌先が触れるとビクリと引き掛ける松山の舌に、ねっとりと強く舌を這わせながらも、唇が触れ合うその感触だけで余りの心地良さに目眩がする。すぐに飲み込みきれない唾液が松山の口角からこぼれ、オレはそれを唇で追いながらもつれ倒れ込むように松山をベッドに押し倒した。
「なん・・っで、いつ・・?!」
「昨日最終便で戻ってきた」
 下着代わりのTシャツを脱ぎながら混乱する松山に最小限の答えだけを与え、すぐにまたその唇を塞ぐ。いますぐ嬌声を上げるほどの快感を与えたくて、オレは『飢えている』でも上品な表現なくらい松山の体を貪るように愛撫した。胸の本当に小さな突起を先程合わせた舌と同様ねっとりと強く舐め上げると、松山は肩甲骨を浮かせ勢いよく仰け反り、そのまま唇に含み甘噛みすると息を飲み硬く体を強張らせる。いまだに体を開くことから羞恥の抜け切らない松山が、どんなに生意気を言ってもベッドの上では身動きすら取れなくなるのを知っていてオレは抵抗する余裕を与えず追い上げる。小さな突起の小さな窪みを舌先で強く弄ると、堪え切れず咽喉の奥からくぐもった呼吸が漏れた。その響きが抱く熱に愛しさを増し、オレは唇に含んだベリーのようにプツリとなった果実を更に強く弄り続けた。
「んぅ・・・っ」
 しなやかな背中のラインに、背骨に沿って手のひらを這わせる。脇腹の敏感な部分にオレの腕が当たると、松山は一際大きくビクリと仰け反った。耳の次に松山の弱い腹部に脇腹から撫でるように何度も触れると、ハァ、と吐かれる長い吐息がその度に震え膝頭が擦り合わされる。松山の中心は、もしかしたらそれは生理的な早朝の勃起だったのかもしれないが既に充血し熱く脈打っていた。
 オレは起き上がり松山の肩に顔を埋め直すと、もう一度松山を強く抱き締めた。松山をこの腕に抱けるということがこんなにもオレを切なくさせるということをオレは知らなかった。押し付け求めるだけで、そんなことすら知らなかったマヌケな自分。耳に、こめかみに何度も何度もキスをしながら合わされる熱くしっとりと汗ばんだ松山の胸を感じた。抱き締めている肩も、背中も、触れる張りのある肌すべてが心地良い。体温を感じるというこの快感を、いま松山も味わっていてほしかった。
 オレはふたりの間で互いに脈を伝播させてくる松山の中心に、浮かされるようにヤツの右手をいざなった。
「ヤッ・・・!」
 無理矢理自身を握らせ、その上から包み込むようにヤツの右手を握る。
「いつもひとりでしている時みたいにしてみせろよ」
「・・フザ・・ケンナッ!!」
 松山は必死に手のひらを振り解こうとしたが、少し乱暴なほど強くヤツの右手を握ると、痛みにも敏感なその中心を無意識に擁護し握り込まないよう手のひらを強張らせるので精一杯のようになった。
「あ・・! ヤメロッ」
 掴んでいる松山の手のひらで、強引にヤツ自身を上下に扱き始める。強張らせた手のひらが予期できないタイミングで触れ、いつも以上の刺激を与えるのか、松山は動揺するほど感じているようであった。上下に扱く度、恐れを含んだ短い吐息が吐かれる。
「ハァ、・・ぁ・・ぁ」
 絡められているのは自分の指なのに、時折腰がガクガクと震えるほどの快感で黒い瞳が揺れている。普段はストイックな松山だからこそ、セックスをしている時の松山の表情はいつも意外で新鮮な驚きを与えオレを駆り立てた。ちゅく、と濡れた音が重ねられた互いの手のひらの下から聞こえ始めると、羞恥か松山はオレの肩に顔を埋め空いているほうの腕でしがみついてきた。重ねられ絡み合う指の隙間からこぼれる松山の先走りが、ふたりの間で密な行為が繰り返されていることをくちゅくちゅという音で伝えてくる。
 硬く反り返る松山自身をただ上下に扱きながら、足の間に体を割り込ませしどけなく開かせた。
 松山は何時の間にか快感を受け入れ始めていた。手のひらに自らの力は入っておらず、オレの手のひらに掴まれるまま自身を上下に扱いている。より体を合わせようと僅かに更に開かれるその足を膝裏に掛け撫で上げると、重ねた手のひらの下からビクビクと痙攣するような脈動が伝わってきた。顔を埋めるオレの肩にしがみつき、快感に耐えているその様に言葉を奪われる。
「んっ・・、・・ぁ・・ぅ」
 耳元で繰り返される余裕のない呼吸と、堪え切れずこぼれる低い嬌声に、オレ自身を擦り合わせたい衝動に体の中心から焼かれた。より強い刺激を求めて揺れる松山の腰に誘われるような思いがした。なんとかその衝動を抑えると、肩口から松山の顔を引き剥がし再びキスをする。
 松山は「あ、あ、」と小さく声を漏らしながら絶頂を思わせ体を強張らせていた。
「ダメ・・だ、でちまう・・!」
「いいぜ。イク時の顔が見てえ」
 オレは唇を重ねたままその先を促した。卑猥な意味はまったくなく、ただ松山の何もかもが知りたかった。ひとりの夜に、自身を慰めるその姿も。何もかも。
「ヤダッッ・・まだイキたくねえっ」
 オレが強く擦り上げようとすると、松山は今迄しがみついていたほうの手のひらでオレの動きを制した。かつてない松山の要求に、何時の間にか乱れていた呼吸を抑え上半身を起こす。
「もっと・・シテいたい・・もっと、オマエとシテいたい」
 体中の血液が沸騰するのを初めて感じた。そこから先にはもう理性などなく、目茶苦茶にキスを繰り返した。押さえ込んでいたヤツの右手の下に指を潜り込ませ、直接擦り上げると松山は言葉に反し射精してしまった。だがオレは、腹部に散った熱い飛沫の残りを指先に絡ませまだ余韻の残る陰茎を擦り続けた。すぐにその熱を取り戻した松山自身を包み込み、激しく手淫を与え続ける。
「あ・・・、あ、あ、」
 自慰では得られない快感に松山の声に涙が滲んだ。オレは、膝裏に手を掛け松山の身体をふたつに折るように大きく足を広げさせるとこれ以上なく怒張したオレ自身をあてがう。先端を押し込み松山がビクリと咽喉を仰け反らすのを目で認めると、一気に奥まで突き上げた。
「あっ・・ああ!!」
 そのまま野生剥き出しで激しく腰をぶつけ続ける。異物の侵入を拒み、絡みつくように狭まる内壁を強く擦り上げながら奥まで突き上げた。いつものようにじっくりと指先で慣らされていない松山の内部は、驚きに打ち震えているようだった。カラダが憶えている、松山が全身を激しく震わせる入口に近いその場所を、オレ自身の硬く括れた部分で強く擦り上げるよう意識して奥まで突き上げる。擦られるその感覚と、突き上げられる感覚で松山は絶え間なく二重に喘がされていた。
「っぁあ! っぁあ! あ・・ひう・・!!」
 「イイ」だとか、「イク」だとか、AVのような言葉はオレ達の間には無い。ただ、咽喉を嗄らす呼吸と突き上げる度にこぼれる互いの短い嬌声だけが繰り返された。オレが、先程まで執拗に手淫を与えていた松山自身に指先を絡めると、ビクビクと痙攣する腕でもどかしく松山が制した。
「ヤッ・・・オマエ、だけでいい・・!」
 憶えていなくても。昨日の告白は松山の心の底にあるものだということを、泣きそうになる真実を与えられる。こうして理性を剥ぎ取っていかなくては得られない言葉だとしても、それが真実だということに変わりはなかった。
 それよりも、言葉にしなくてはその存在に気付くことができないなんて。オレはやっぱりマヌケな、だが何てコイツに惚れていることか・・・。
 それから何度も何度も、体位も入れ替えずオレは松山を抱いた。
 ぐったりとしながらも最後まで口付けてくる松山が愛しかった。一日のうちにこんなにキスをする日は一生のうちで他にないのではないかというほどオレは松山にキスをした。
 泥のような眠りに落ちながら、その間も松山を離すまいとオレは松山を抱き締めた。松山はオレに押し潰されながら、それでも片手を回し、オレの頭を抱き寄せた。




 その日の夜、眠り続ける松山を置いて出掛けたコンビニの前からヤツに電話を掛けた。あの汚い部屋の、脱ぎ捨てられたジーンズのポケットか、ベッドの足元に投げられていたカバンか、とにかく音を頼りに松山が携帯を探り当てるまでの間オレは着信音を鳴らし続けてやることにした。








END



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