eat me? どういう経過でこういう結果になったのか、推測しなくてもわかるほどそれは日常茶飯事。 多分スーパーから帰ってきたヤツは、マンションの入口で郵便受けからDMの束を取り出し、その中からお気に入りのサッカーショップのセールハガキを見付けた。ついでに玄関の新聞受けから夕刊を取り出すのにスーパーのビニール袋を置く。夕刊の一面は一時帰国した翼が左端を半面占めていたから、ヤツは慌ててTVのリモコンを取っただろう。それから多分エアコンのリモコンも手に取って、吹き出し口の真下、窓側のベッドに座る。翼を探してチャンネルを回し、思い出して先程のセールハガキを手に取りながらベッドに転がると・・・ 転がったが最後、温風の下でうとうとスヤスヤというわけだ。 「ん・・・っ」 臑に軽く蹴りをくらい、猫のように丸まっていたヤツが仰向けになる。 「日向、いつ帰ってきた?」 「いまだ」 オレの手にしていたビニール袋に目をやってから、しばらくぼんやりと考え、アッと声を上げ慌てて起き上がる。 「忘れてた!」 「だろうな。冷食入ってんじゃねえか」 ああ〜どうしよう!と言ってオレから奪ったビニール袋には、冷凍食品から乳製品まで、保冷の必要な食材があれこれと入っていた。カサカサと、ビニール袋をあさるシグサは小動物を思わせるし、その背中は悪戯や失敗が見付かった時の子供のようにそわそわと慌てている。 「大丈夫、まだそんなに時間たってねえし!」 「大丈夫?」 ベッドに腰掛ける松山に覆い被さるように覗き込んだビニール袋に、そのカップを見つけた時にオレの中の悪戯な心がクスリと笑いをこぼした。 「これも?」 オレの取り出したアイスクリームのカップは、500mlくらいの、よくコンビニで売っているものより大きなサイズだった。食べたことは無いが、海外のメーカーの小さくても250円するヤツだ。 「高かったんじゃねえの、コレ?」 「商品券で貰ったから交換してきたんだよ。いいだろ、オレが食うんだから!」 言いながら奪い返そうと伸ばされた手を、しっかりと掴む。 「そういう言い方はよくないぜ。食べ物は大切にしなくちゃな」 実際、冷蔵庫に仕舞い忘れて食材をダメにしてしまったことが以前に何度もある松山は、ぱくぱくと口を動かし反論を試みていた。しかし、過去も含めて自分の行動に反省の気持ちはあるようだ。 「ごめん・・・なサイ」 一緒に暮らし始めて改めて認識したが、コイツは本当に律儀な男なのだ。(その割りにはザッパだが) 自分が悪いと思った時には、相手がオレでも謝罪の言葉を口にする。 「反省してる・・・?」 台所に向かうオレに、コクリと頷きが返される。 「じゃあオシオキな。食べるんだろ?」 スプーンを手に戻ってきたオレから、この時は素直に受け取ろうとする。だがオレは松山にスプーンを手渡さず、ドッカリと隣に腰を下ろすと有無を言わさずヤツを膝に抱え込んだ。 「な、何だよ?!」 予想外のオレの行動に、慌てて体を捩る松山を、両腕で抱え込みながらオレはアイスクリームの蓋を外した。 「自分で食ったらオシオキにならねえだろ?」 オレがこれからしようとしていることが理解できないのか、松山はオレの表情とアイスクリームに交互に視線をさ迷わせていた。いつも自信タップリの松山の、そんなシグサにオレのカラダが反応しそうになる。 「口開けろよ」 「え?」 まだ理解できないのか、キョトンとした黒い瞳が振り返る。鼻先に触れる髪の毛に口付けたい衝動を抑え、オレは松山の口元にスプーンを運んだ。 「食べるんだろ。口開けろよ」 やっとオレの行動を理解したのか、アッと言う間に耳朶まで真っ赤になった松山が勢いよく立ち上がろうする。だがオレは、そんなことは予測済みで膝に抱え込んだヤツの足先を自分の足で掬い上げていた。身を捩るだけに終わった松山が、額から突っ込み抵抗してくる。 「自分で食うに決まってんだろ!!」 「それじゃあオシオキにならねえじゃん」 「ほら」と言って再び口元にスプーンを運ぶと、プイと反対に顔を背ける。 「反省は口だけか? 自分で食うなんて、都合のいい罰だな」 だってと綴り掛けた唇が、言葉を飲み込んで暫くの間沈黙を続ける。「こぼれる」 オレがそう呟くと、松山は観念したように口元のスプーンに唇を寄せた。赤ん坊に与えるように、そっとスプーンを傾けその甘い欠片を流し込む。 「変態」 松山が、最後の抵抗を綴る唇にオレはもうひとさじその甘い欠片を流し込んだ。 「んっ」 冷たい液体が顎を伝わり、松山が小さく身震いする。 「へたくそ!」 そう言って、親指で拭おうとするオレから顔を背ける。それでも腕の上から抱え込まれている松山は、結局はオレに身を任せるハメになる。口元に親指のアイスクリームを近付けると、松山は一瞬躊躇したのち、ペロリとそのアイスクリームを口にした。 松山の意外な反応に、思わず更に悪戯な思い付きがアタマをよぎる。後ろから腰を抱き込むように回していた手に持つカップの中にスプーンを置き、オレは人差指でそのほとんど液体になった氷菓を掬い上げた。 「口開けて?」 調子に乗ったオレの行動だが、抵抗すれば更に喜ばせると気付いたのか、松山は従順に淡くチェリーに色づく唇を開いた。その唇に人差指を近付けると、ちゅっとかわいらしい音を立て松山はオレの人差指ごとアイスクリームを口に含んだ。再びアイスクリームを掬い近付けると、やはりその柔らかい唇にオレの人差指を含みアイスクリームを舐め上げる。オレは、その真っ赤になっている耳朶に、触れるだけのキスをほどこした。 「オマエも・・・して欲しいの?」 「え?」 主語の無い松山の発言に、いつもオレは振り回される。 「だから、オレに・・・口で、させたい・・・?」 最後のほうは消え入るような音量で、掠れるような松山の声では聞き取った言葉はオレの妄想かと思わざるをえなかった。というか、本当はすぐには理解できなかった。 松山がどんな行為であれ自らセックスに結び付けるような発想をするわけがないと思っていたし、ウブなコイツは無意識にそういう発想を避けているものだと思い込んでいた。 その言葉だけで中心が反応しそうになったオレは、勤めて冷静に振る舞う為にも言葉の駆け引きは利用しないことにした。松山を相手にする場合、本音を語らなければいつまでたっても気持ちは伝わらない。 「想像・・・したことはある。いまは、そういうつもりじゃねえよ」 さっきまでは、とだけは口にしなかった。 「じゃあいまじゃない時は、思ってるのかよ」 「思ったことがある、くらいだ」 これからはどうかわからない。そんなオレの思考を読んでか松山は不意を衝いて勢いよく立ち上がると、オレの手からカップを奪い取った。 「いつもされるだけなのも気に食わない」 そう言って、ヤツは、オレの前に跪いた。 怒ったように、潤んだ黒い瞳を揺らして松山がベルトに手を掛ける。焦ったように蠢く手のひらからカチャカチャという忙しない音が生まれ、余計に松山を焦らせているように見えた。ファスナーがジッ・・・と硬質な音を立て下ろされると、自分で手を下しておきながら松山がビクリと震える。 ボクサーパンツのボタンに指先が触れた時、黙々と続けられていた行動が初めて中断された。多分、ハッと我に返ってそこからどうすればいいのか思い出せなくなったのだろう。 声を掛けようとしたその時、松山は震える指でボタンを外し始め、そっと指を滑り込ませると既に勃ち上がり始めていたオレ自身を取り出した。 「ワリ・・・もう勃っちまった」 仕方がない反応だと自分に言い聞かせつつも、松山と同じくらい動揺している自分がそこにいた。 松山は、なるたけ怯む様子を見せずに行為を進めようとしているのか、右手を添えたオレ自身に唇を寄せるとそのまま先端を口に含もうとした。 「んっ」 反射的に閉じられた片目をギュッとつぶると、咽喉の奥から嗚咽にも似た声が漏れる。左手がベッドカバー代わりのタオルケットを握り締めた。 「松山、歯ぁ立てるなっ、口に入れなくていいから!」 オレは腰を引きながらつい松山の髪を掴み、引き剥がしてしまってから慌てて手を離した。 「咥えなくていいから、口で触れてくれ」 やんわりと髪の毛に手を差し入れ、松山の自尊心を傷付けないようにと願いながら再び行為を促す。 松山は、歯を立てたことを詫びるように潤んだ目で頷くと、添える手を左手に入れ替え根元にペロ、と舌を這わせた。 正直、オレはアタマがオカシクなりそうだった。跪く松山の頭部が自身の足の間にある。真っ黒ではあるが、細く柔らかい髪に思うように手を差し入れ、オレ自身にその頭部を引き寄せることが許されている。 松山は、当初の予定を崩されどうすればよいのか本当にわからなくなったのか、必死にオレ自身に口付けてくる。その様子だけでオレはイきそうになる。横から食むように唇を這わせ、一生懸命舌を這わせている。その赤い小さな舌で舐め上げられる度、オレは先端まで衝撃が走るのを感じた。無茶苦茶に、その口に押し込みたくなる衝動をオレも必死で抑え・・・ 「松山、もういいっ、」 気が付くと、もう次の瞬間も待てないというくらいオレはギリギリのところまで来てしまっていた。しかし松山は、あろうことか先端を吸い上げるようにちゅっと口付けた。 「うっ!」 短い声を上げ、情けなくもオレはアッサリと果ててしまった。 「熱っ・・・」 驚いて松山が顔を離す。その頬に掛かった自身から放たれた飛沫に、オレはどうしようもないくらい動揺して手元にたまたま脱ぎ捨ててあったシャツで拭った。 その力が強かったのか、松山がギュッと目を閉じ肩を竦ませる。 「悪い・・・掛けちまった」 「いいよ」 オレがそう言うと、松山は手の甲でオレの腕を除け、俯いて表情を隠したまま背中を向けた。ハァハァと、乱れた呼吸を深呼吸で必死に抑えようとしている。オレに気付かれないように。 「オレがイヤだって言う意味わかったかよ」 「え?」 「だから、オマエの口の中で・・・出しちまうのイヤだって気持ち、これでわかったかよ!」 松山は、恥しさにいたたまれないのか最後のほうは早口で捲し立てた。 「それとこれとは違うだろ」 オレが松山の腕を掴み再び膝に乗せ背中から抱き締めると、松山はビクリと震え腰に回したオレの腕をその上から握り締めた。 「オレは、オマエがイく瞬間を感じてえの。だからいいんだよ」 そんなの、だってと松山は小さく呟いて最後にまた「変態」と付け足した。 「オマエがまだ知らねえだけだよ」 これ以上子供扱いするといつものくだらないケンカに戻ってしまうので、オレは松山をベッドに押し倒すと改めてキスをした。 だが次の瞬間、食べるつもりが気持ちはすっかり食べられている自分に気付き、オレはその現実をアタマを振って振り払うと目の前のゴチソウに齧り付いた。 END |