0214 誕生日やクリスマスよりも面倒臭い。そしてちょっと怖くもある。 それは多分女達の「今日は何をしても許される」という根拠のメチャクチャな思い込みと、執念に近い捨て身の攻撃に晒される一日だからだ。 こんな時はマネージャーと契約しておいてよかったと思う。私生活に干渉されるのが嫌だから、自分のことは極力自分でするようにはしているが、生まれ持っての性格から勢い失言の多いオレにはビジネスライクに物事を任せられる相棒が必要だと、最近自分に認められるようになった。カッコつけているとか稼ぐようになったからとか。負の感情を受け流すのは得意なんだが色恋のような相手に理性の働いていない感情はどうも苦手だ。 そんな訳で、マスコミへの対応やクラブの活動でも広報等サッカーに直接関係ない事柄に限り、オレはマネージャーに一任してある。 その点アイツはバカ正直なんだよ。自分のことは自分で、何でもしようとしやがる。まあでも結構いい加減なところがあるから、あれでどうにかなってんだろうな。 たまたま機会があった、ひとつだけを食べたりするのは不公平だからと言って、アイツは頑として受け取ったチョコレートを食べない。勿論ファンから差し入れられるプレゼントを無下に断る訳には行かないので、誰の入れ知恵かは知らないがアレルギーのようなモノだということにしてあるらしい。確かにもともとスキではないらしいしな。 オレは、どうでもいいと思っているから食えと言われれば食う。スタジアムまで手渡しに来たファンのチョコレートを、カメラの前で食えとマネージャーに言われればひとつふたつは食ってもいい。 どうでもいいから食えるんだ。 松山は、何でも真剣に受け止めて相手もそうだと思い込んでしまうから食えないんだろう。まあオレも、ちっちゃなガキがもじもじと持って来たならば食うに吝かでない。弟妹を思うとコガキには弱えんだよ。 どっちにしろスタジアムでの檄や声援以外、欲しいと思ったものは他に無い。 松山はシーズン手前とはいえめずらしくオレのマンションに入り浸っていた。いつのまにか増えていた着替えや日常品が、どことなくくすぐったくて本当は少し落ち着かなかった。 当の本人は、明らかにひとつの話題を避けていてだけどそれが気になってウチに出入りしているのが見え見えだった。オレが受け取るであろうチョコレートが気になるのか、オレにチョコレートをやるべきか悩んでいるのかそんなことはわからないが、表情と行動にわかり過ぎるくらい表れている。いつものように。 今朝もオレのスケジュールを本人としては然り気無く尋ねたつもりらしく、クラブのファンサービスで夕食会があると告げるとその黒目がちな大きな目がわずかに揺れた。こいつも誕生日やクリスマスにはこんな風に気にしてみせる様子はまったく無かったのに、やはり鈍いなりに、女の脅威を本能で感じているのだろうか。 ヤキモチとか独占欲とか。そんな感情を普段まったく抱いてもらえないので、チラリと覗くそんな表情に朝からオレは打ち抜かれていた。あれ以上傍に居るとバカになっちまいそうだったので、オレは松山が朝風呂に入っているうちにマンションを出た。 松山がいなければオレの感情はいまの何十分の一で、松山がいなければオレはバカになったりは(こんなには)しなかった。 そんなの考えなくても、ツマラナイけど。 これといってスケジュールを変更することもせず、ただ今日一日はマネージャーの柏木に移動の同行をしてもらった。サングラスなんか掛けなくても、普段は誰も近寄ってこないのに今日という一日はやはりひとりだろうが大勢だろうが躊躇いも無くヤツ等は『オレ』というテリトリーに侵入してきた。夕食会ではクラブの仲間と共に、抽選で招待されたサポーターを地元のホテルでもてなした。まあ軽い食事と、大人にはアルコールと、握手に写真。握手なんて、何でしたがるかなと思うけど、松山に触れている時の自分を思うと単純にスキな人に触れるのは嬉しいかなとも思う。写真も同じようなものか。 実際に噂になるような相手がまったくいないオレは、案外どうってことなく一日を終えた。 マンションで玄関を開ける時。朝風呂に入っている松山に声を掛けず出たことを思い出し、拗ねたアイツが自分の部屋へ戻っているんじゃないかと不安がよぎる。だが静まり返った室内の、ダイニングには明かりが点いていた。施工の際壁を取っ払い一間にしたリビング兼ベッドルームでは、再びシャワーを浴び昼間の汗を流した松山がオレのベッドでスヤスヤと寝息を立てている。 こういう時、幸せと不安と切ない気持ちが逆巻くのは何故だろう。 松山がいまここにいる幸せ、昼間の松山を知らない不安、そしてそんなオレの気持ちを知る由もない松山。自分の中のそんな弱さに気付いた時、そんな弱さの存在をはじめて知った、そのくらい未知の感情だった。 オレは、薄く開いているその唇を貪る欲求を抑え、微かに湿っている前髪を梳き上げた。 「んんっ・・・」 甘い寝息のような声を上げ松山が目覚める。寝顔と、そして起き抜けの顔を見ることは何より恋人として昇格できた実感を感じる。 「おかえり」 呟く松山の毛布から覗く肩は学生の頃に比べてずっと逞しく、その咽喉元の彫りは男以外の何者でもないのにそのすべてに参っているオレは一体何なんだろう。そのすべらかな直線に近い曲線を描く鎖骨に、必要な筋肉だけを纏うしなやかなその腕に、しなやかなその足に。 オレは頭がまだシッカリと働いているうちに、今日の仕事を済ますことにした。 「オレからだ。ちゃんと食えよ」 そう言って松山の胸にスーツのポケットから取り出したこげ茶色の小箱をポンと置く。 驚いて飛び起きた松山の反応に満足し、ダイニングに戻りジャケットを椅子に掛けネクタイを弛めた。 「おまっ・・オマエが買ったのかよ?!」 「そうだ。オレが、自分で買った」 まさかオレからチョコレートを貰うなんて考えもしなかったのだろう。驚きで目をまんまるくした松山は、あわあわとまだ何か言い掛けている。 が、そのまま俯いて固まってしまった。 耳まで真っ赤に染まったその頬が、俯いてパサリと落ちた前髪の隙間から覗いている。この表情を独り占めできるなら、何だってする。 「食えよ。ちゃんとオマエの為に選んだんだぜ。甘いの苦手だろ?」 松山の隣に再び腰を下ろすと、手元を真横から覗き込む振りをして耳元に吐息を掛ける。予想通り体を強張らせ、またそのことに気付かれていないつもりの松山に甘い悪戯をよぎらせてしまう。 余裕が無いハズのオレの、矛盾したこの余裕もいつものことで。 松山の短く爪を切り揃えた指先がオレンジ色のリボンを引くとこげ茶の包みがパラリと落ちる。包みの中の小箱も同じこげ茶色で、蓋を開けるとまんまるのチョコレートが四つ、ウズラの卵のように収まっている。 松山は、オレの視線を感じたのかそのひとつを摘み上げこれでいいかと言わんばかりに口に放り込んだ。 「ウマイ」 意外といった感じで呟く松山に、オレもそのひとつを要求する。 オレが本当に食べたいのはチョコレートじゃないけれど。 「だろ? オレにもひとつくれ」 上体を折り、松山がオレの口にその甘い欠片を放り込む前にチョコレートを摘んだ指先に唇を寄せる。チョコレートにだけ触れるよう、歯を立てて咥えると覗き込むように傾けていた上体を起こした。 あからさまに誘ったりはしない。 からかう振りをして、気付かれないよう少しずつ。だから松山の右手を掴み、再び指先に唇を寄せるとチョコレートのついた人差指をほんのちょっと唇に含んだ。思わずビクリと反応する松山の体をそのままに、やんわりと舐め上げると次の指先を唇に含む。 すっかり固まった松山に、笑い出しそうになった。 立ち上がりダイニングに戻ると、オレの含み笑いに気付いた松山が枕を投げ付けてくる。あえなくオレの2メートル手前で落下したそれは、アロエの鉢にぶつかり跳ね返って積み上げた雑誌の山に当たった。 仲間の誘いを断り帰宅していたオレは、冷蔵庫から冷えたビールを取り出すと台所に立ち口寂しさを紛らわす簡単な用意をした。松山がリラックスするように、音の無い部屋にニュース番組をつけると離れたダイニングに腰を下ろす。 視界の端に、シーツから投げ出された松山のしなやかな足が映り込んだ。その長い膝下の踝よりにあるキズはオレが小学生の頃つけたキズだ。男にしてはすべらかなその肌に、引き攣る短いキズ痕が残っている。オレは松山が眠っている夜中に、いままで何度もそのキズに触れていた。セックスの時に目立った場所に所有の証を残すことはできないことから、そのキズ痕は唯一の証のように思えた。 オレはそんな目に見える繋がりを欲しがる自分に、ベッドの中で何度も笑い出しそうになった。 松山は、再びシーツに頭を落とすと真っ黒な髪をシーツに散らしまたウトウトとし始めていた。いい大人になっても、その無防備な姿をオレの前に晒すのが堪らなく愛しい。何もしないその姿に何かしてやりたくなってしまう、それこそが「惚れた弱み」ってヤツだろう。 「なに?!」 突然軋んだベッドに驚いて、肘を突き上半身を起こした松山を乗り越え窓側に移動する。松山の肩から落ちた毛布を持ち上げ、その中に潜り込んだ。 「何って、寝るんだよ」 わざと素っ気無く、当たり前のように答える。眠るにはまだ早い、だけど映画を見るには遅過ぎる中途半端な時間に甘い罠を仕掛ける。 松山は、暫く何かを言おうとしていたが、言葉にできないまま本人知らず小さな溜息を落とすとベッドから降りた。 背中を向けた台所から、冷蔵庫の開く音と続いてプルタブの引かれる音が聞こえてくる。カタリと椅子に腰掛ける音がする。目を閉じていてもその行動のひとつひとつが手に取るようにわかる、こんな瞬間を知ってしまうと離れて暮らすことが到底無理になってくる。背中に感じる松山の視線には、昼間のヤツから感じ取ることはない戸惑いと躊躇いが感じられた。 セックスの時に抵抗されると、不慣れで未知な体験にいつもは決して見せよとしない僅かな脅えが垣間見れ逆にその先の快感に無理矢理引き込まずにはいられなくなる。追い詰めておきながら、同時に松山が縋ることができるのも自分だけだと知っていて時に過剰な愛撫を与えた。 まあこれは言い訳かもしれないけれど、そんな時の松山の眉根を寄せた表情はこれ以上なく色っぽいし、途切れ途切れの呼吸に邪魔されながら日向と呼ばれると冷静でいられるほうがどうかしている。 そんなことを考えているうちに、離れて座っていた松山の気配がいつのまにか戻っていた。 「日向」 震える声が掠れていて、その不慣れな恋人が罠に嵌ったことを教えてくれる。 「日向」 声と同じく震える腕が伸ばされ、掴まれた肩に手のひらの熱を伝えた。オレは、自分ではわざとらしいくらい穏やかに返事を返した。手のひらと同じくらい熱を持って潤む目に、ほんの少し胸が痛んだ。 「どうした? 眠れねえのか?」 松山は、オレの肩から離した右手を握ったり開いたりしてから、結局ギュッと握り締めた。 「・・・たい」 「ん?」 「日向、したい」 ヤツらしくない、消え入りそうな声だった。逆にその鼓動のほうがオレの鼓膜まで響き頭の中で鳴り響いているようだった。 初めて誘いの言葉を口にしたつもりの松山は、それこそが誘いの罠だったことだということに気付いていない。咽喉にまるで言葉がカタマリになって詰まってしまったように、息苦しげに次の言葉を吐き出そうとしては逡巡していた。 そんな松山の手首を掴み、引き寄せるとヤツは大人しく起き上がったオレの膝に座る。向かい合い、ほんの十数センチ先でその黒目がちな大きな目を揺らしている。オレは、引き結ばれてはつぼみが綻ぶように開こうと試みる唇を貪る衝動を抑え松山のこめかみを梳き上げた。「随分積極的じゃねえか。今日はイヤダって言わねえのか?」 「言わねえ。オレが、したいから」 「じゃあ、キスしてくれよ」 添えていた右手を滑らせ親指で唇に触れると、その瞳に官能的な表情が浮かぶのを垣間見た。オレは、今更になって嵌めたつもりが嵌められたんじゃないかという事実に気付き始めた。 松山はオレの右手を脈が計れるほど握り締めると、少年のようにすんなりとしたラインで形作られた顔を傾け唇を重ねた。押し当てられただけの唇を啄ばむと、虫歯の無いすべらかな歯がオレの上唇に当たり舌が差し込まれる。何度も体を重ね、こんなキスは数え切れないほどしているのに松山はまるで記憶を頼りにといった感じで舌を絡めてくる。それでも、松山自身が意識したせいか触れてくる舌に互いを求める主体的なものを感じた。 だけどオレも、唇で互いに触れるのはどうしてこんなにも気持ちのよいものだろうと考えることがあった。多分、五感という器官が集中している部分で相手に触れるということ自体がこれ以上なく快感なんだろう。すべてを知り、すべてを感じたくなってしまう。そして、奪うほどにそのすべてをこの腕の中に抱き締めたい。 松山はオレと額を合わせ一呼吸置き、その唇で首筋から鎖骨へのラインを辿ろうとして思い直したように噛み付いた。甘い遣り取りに入り込めずにいる自分に苛立つようなその仕種に、思わず咽喉の奥から笑いが漏れる。 させたいようにさせながら、オレは口元を掠めるクセのない黒髪に口付け、目が合うのを恥らっているのを知っていてその表情を盗み見た。いつもはオレのほうが夢中になっているので、松山がオレを求める視線など感じたことはなかった。だが、オレのTシャツをたくしあげ、口付けやんわりと歯を立てながら確かめるように手のひらを這わせてくるその表情はオレを求めている。 「松山、オレも触りてえんだけど」 パジャマ代わりのカーキ色のTシャツの下に手のひらを潜り込ませ、無意識に腰骨のラインを辿っていたオレは余裕のある演技でその先を促した。勿論、こんな演技はこの先僅かも持たないだろう。 「触って・・・欲しい」 視線が合うギリギリの角度まで松山は顔を上げ、オレのスキなハスキーな声で呟いた。 両脇を抱え膝立ちさせると、露にさせた胸の突起に唇を寄せる。触れる直前に、愛撫を予期したように松山は鳥肌を立てた。舐め上げたかと思うと、もうそのささやかな突起は硬いシコリとなっている。オレは、舌先で転がすように強くなぶった。 「あっ・・んうっ・・っっ」 両脇を抱えられ動きを拘束されながらも、松山はビクビクと体を捩らせた。オレはシコリの先端の小さな窪みを硬く尖らせた舌先でぐりぐりとなぶったり、薄いベージュの乳首全体を舐め上げたりした。 松山はキツク目を閉じながらも必死に片目をしばたたかせ、まるで激しい快感の原因が頭では理解できず視覚で確認せずにはいられないといった様子だった。 「あっ・・あっ・・ッッ」 覆い被さるように体を折る松山の膝は、いまにも力が抜けてしまいそうだった。丁寧に舌で愛撫を与え続けると、甘い泣き声のような喘ぎ声が抑え切れず頭上で零れる。反対側の乳首にも同時に空いている手で愛撫を与えてやると、一際甘い泣き声が零れた。 オレは、松山の中心が薄いトランクスの布地を張り擡げ始めていることに気付いた。腰から背中に回していた手をゆっくりと下ろし、双丘の谷間に中指を這わせながら布地を押し下げる。松山は、オレに先を越されないようにと自らトランクスを押し下げた。だが片手をオレの肩に乗せ震える膝で上半身を支えた状態では思うように脱ぐことができず、もどかしく片膝をあげようとしている狭間で色付いた松山自身がわなないていた。 オレは、誘われるように右手を伸ばしその中心に手のひらを添えた。「やっ・・・ぁぁ!」 瞬間腰を引いた松山を許さず、オレはその先端を親指の腹でなぶる。まだ湿っただけの皮膚は引っ掛かるように指の腹に掛かり、それが却って強烈な快感を与えているようだった。 「ヤだって言わねえ約束だろ?」 もはや完全に勃ち上がった先端から根元に向かい、手のひらを添えるように中指で触れやんわりと握り込む。先端に、ぷつりと蜜が滲む。「あ、あ、だっ・・て・・!」 かぶりを振る松山を無視し、そのままくちゅくちゅと音を立て扱く。わざと、松山の羞恥心を煽るように。 同じ男の性器なのに、口付けたいほどの衝動は何なんだろう。自らも知る快感を、その羞恥心により一層集中した神経に過剰に与える。首筋に縋り付く松山から耳元に零される熱く濡れた喘ぎ声にも似た呼吸に、オレ自身の中心は触れてもいないのに硬く勃ち上がっていた。 「松山、ここに」 松山の両足の間を弄る右手を、不意を衝きそれまでまったく触れなかった奥まで伸ばす。蜜で汚れた手のひらと指先を意識させるように、ツプ・・・と僅かに差し入れた指先を意味深に抜いた。 ビクリと反応よりも先に反射が返る。 「自分で挿れてみてくれよ」 「え・・・?」 ハアハアと苦しげな呼吸を抑え、松山は涙でぼやけた視点をオレの間近で懸命に合わせようとしていた。 「このまま、自分でオレのモノ咥えてみて?」 あからさまな言葉に一瞬理解できずにいる。だがあっと思うと次の瞬間には見る見る赤くなり、思い出した挿入の快感と羞恥の間で揺れる、艶やかな膜を張った黒目がちな双眸が堪らなかった。オレは、ドクドクと血が集まる自分自身にアタマが熱くなるのを感じ、自分でも驚くほど怒張しているソレに松山の左手をいざなう。 「・・・っ、・・でっ・・てっ」 松山の手のひらを間に自分自身を掴むと、ヤツの手のひらにぶつかりドクドクと脈が跳ね返る。血が集まり続けている。 「オレが、欲しくねえ?」 欲しいのは、オレのほうだ。 「・・・たい」 「ん?」 「したい」 初めと同じ言葉を、熱に浮かされよりハスキーに掠れた声で呟かれ一瞬自分を見失いそうになる。だがメチャクチャに抱き締めたい、そんな気持ちを沸騰しそうな血液と共に抑え込んでしまうほど松山から求められたかった。 オレは表情に出さないんじゃなくって、多分出せないんだ。こんなにスキだなんて相手にしてみりゃちょっとコワイじゃねえか。 だけど、松山がスキだ。 オレは、松山がすべて脱ぎオレの膝に跨るのを遠慮なく見詰めていた。視界の下で、自分の胸が大きく上下していた。 松山がオレのボクサーブリーフを押し下げ、オレの屹立に右手を掛けるのを黙って見詰める。松山の緊張と、そして多分オレがここまで勃起していることへの驚きが手のひらから伝わる。 「腰上げて・・・そう、オレが支えてやるから」 言われながらぎこちない動作で腰を上げ、オレ自身に跨るその姿だけで正直イキそうな気がする。 「ぁぅ・・・ッッ」 あてがうだけでどうにもできず、顔をうずめているオレの肩で短い呼吸を繰り返していた松山だが、ジッとそのままオレが耐えていると深呼吸を数回繰り返し思い切ったように腰を落とした。実際には体重を掛けることもできずほんの少し腰を屈めただけだった。 「ふ・・・っあぁっ!」 ぐぐっと僅かに先端を咥え込まれる。だがそれ以上、中途半端で苦しいであろう姿勢にもかかわらず松山は動けなくなってしまった。 「ダメッ・・できねえ!」 俯き前髪にの向こうに見え隠れする睫毛が濡羽色で酷く扇情的に思えた。 両脇に差し入れ上半身を支える両手の、親指でなぞるように乳首に触れると電流が駆け抜けたようにビクリと震える。小さく声まで漏れる。 ほてり、鳥肌を立てる肌は間違いなく快感を知っているのに未知という恐怖に松山の膝はすっかり固まっていた。 「大丈夫だ。ゆっくり腰を沈めろ」 自分の声が、ハッキリと掠れていた。敏感な先端だけを嬲られ、突き上げたくなる衝動にいまにも負けそうだった。 オレは撫で下ろすようにずらしていった手のひらで、腰を沈めるようやんわり示す。「ひゅうが、」と耳元で無意識に名前を呼ばれ、怒張しているオレ自身が更にドクンと応える。際限なく松山を求め続けるオレの体に、松山は、今度は両手でオレの腰に掴まり僅かずつオレ自身を飲み込んだ。 「ぁっ・・ぁっ・・!」 ずずっ・・と、狭い肉壁を切り裂いていく感覚。嫌でも何でも、松山は体重を掛けないことにはその奥までオレ自身を飲み込むのが無理なことは明白だった。いつもは強引に押し進めていくこの内部に、徐々に包み込まれていく苦痛にも似た快感・・・ オレ自身はいつのまにか根元まで咥え込まれ、だが松山は最後まで挿入できたのかさえわかっていない様子でただ無意識に締め付けそうになる下半身を強張らせ耐えていた。 オレは松山から与えられる快感を伝えようと唇を重ねるとゆるくその舌を吸い上げてやった。 「動けるか?」 言われるまま、オレの肩に額を預けて松山は腰を上げようとしたがその膝にはまったく力が入らない様子だった。思うようにならない悔しさなのか、焦らされる体が苦しいのか腕の中で震える松山を、オレはこれ以上我慢できず繋がった体勢のままベッドに押し倒そうとした。 「ヤ・・メロッ・・!」 ドンッと胸を拳で叩かれる。 「ま・・って、最後までする・・から・・っ」 松山は、自分でも自分が何を言っているのかわかっていないように見えたがその必死な様子が愛しい。 何度も短く息を吐き、締め付けるのではなく膝に力を入れようと試みる度切なく息が止められる。何度か繰り返した後、僅かに腰が上げられた。 抽挿には程遠い動きが、程無く前後に揺するような動きに変化し始める。それは多分、抜き差しへの恐怖から無意識に挿入したままイイところへ導こうとしているのだろう。 「ぁっ、・・っ、んんっうっ」 同時に零れ始めた小さな上擦る声に堪らなく興奮する。思うまま放埓に打ち込み、その度に零れる追い上げられた喘ぎ声や腰骨を掴む手のひらに感じるビクビクとしなる肢体も欲して止まなかったが、いまは目の前で与えられる前にオレを求めている松山にこれ以上なく欲情した。 オレは、再びぷつりと蜜を滲ませた松山の屹立を手のひらに包み込んだ。 「ヤメロッ・・」 松山のすべらかな腹筋がビクリと痙攣する。同時にナカのオレ自身がキツク締め付けられた。 男として一番馴染みのある性感帯に、多分経験の浅い松山にはやはり一番馴染みのある手段で快感を与える。オレは、わざと自慰を思い出させる稚拙な手の動きで手淫を与えた。指先を絡み付けるようにやんわりと握り込んだ屹立は、すぐに僅かに粘着質な体液に包まれ上下する度硬さを増した。オレの手のひらにドクドクと力強い脈を伝えるその屹立は、セックスに体が応えていることを締め付ける内部以上にストレートに伝える。 「・・いま、凄え締め付けたぜ」 そうやって前をなぶりながらもオレと繋がっている事実を意識させた。松山はうなだれたままイヤイヤと頭を振るが、オレの手の動きに合わせ「ぁ、ぁ、」と継続的に上がる喘ぎ声を止められないでいた。 「ダメだ、いっちまうってば、」 「何でダメなんだよ。一緒にイこうぜ」 腕の中の松山が熱くて、熱くて気持ち良かった。松山の呼吸から言葉とは裏腹に達し切れない甘い苦痛を聞き取ったオレは、掻き抱くように抱き締めると松山の拙い動きに合わせ突き上げてやる。 途端、上擦る喘ぎ声が切羽詰ったものになる。 「ぁ、ぁ、ぁ・・・!!」 向かい合ったオレの腹に、松山が耐え切れず射精した。イクその瞬間を、まじまじと見るのは本当は失礼なことなのかもしれないがオレは多分松山のその表情でイッている。 達した後も腰を押し付けるように動いている下半身が、いままでにない快感を得たことを語っていた。 そのままぐったりとオレの肩に頭を預けてきた松山を、丁寧にベッドへ横たえる。完全にその肢体から力を失った松山から、ズルリと己を引き抜いた。 だがぼんやりと潤んだ目が、恍惚としているようにも見える、そう思っただけでもうダメだった。 「今度は、オレがする」 「え・・・?」 「ここ・・・指じゃ届かねえけどこの奥・・いいんだろ・・?」 松山に思考能力が働いていないのをいいことに、オレは片膝を立てさせるとその奥へクッと中指を突き立てた。当然、松山の背がキツク反らされる。 「やっ・・・あッ!」 驚きで理解できずにいる松山に、続けて人差指を挿し入れオレの注ぎ込んだ滾りで熟んだナカを、わざとくちゅくちゅと音を立てゆるく掻き混ぜた。松山は、こうした視聴覚的な行為にいつまで経っても慣れることができない。ビクンと内部に取り込んだ2本の指を締め付けると、乱れたシーツを握り締めた。 「この奥・・・。オマエ、無意識にナカのオレに押し付けてたみたいだぜ?」 届かないのを知っていて、指先を押し込み意地悪くほのめかす。「ぁ・・・、」と脅える松山の、両膝を抱え上げ自分でも厭きれる間に力を取り戻した己をあてがう。 「やあ、うそ、」 「ウソかどうか、すぐにわかる」 我ながら勝手な理由でこじつけて、オレは松山のわななく後孔を刺し貫いた。強引に数回打ち付けただけで先程より更に硬く反り返ったオレ自身で、イキナリ奥まで激しく穿つ。 熱いオレ自身で、先程松山に知らされたイイところを過ぎるくらい刺激してやりたかった。与えられる以上の快感を、自分も知らないほどの快感を。そうして泣くほどに喘ぐ松山が見たかった。 「ぁあッ・・ぁあッ・・!!」 軋むベッドの音が物凄かった。突き上げる度に上げられる咽喉声がオレが寸分違わずポイントを突き上げていることを語る。 「ふ・・・ああ!」 松山の口角から、飲み込む暇のない唾液が伝わった。オレは松山の体を苦しいであろうほど二つに折り、更に奥まで激しく穿ちながらその唇を貪る。オレの肩に爪を立てる松山の腰の動きを遮るほどメチャクチャに突き上げる。こんなセックスは久し振りだった。 「ひゅ・・がっ、ひゅうが、ひゅう・・・!」 乱れる呼吸と、打ち付けられる度途切れる言葉で繰り返し繰り返し松山がオレを呼ぶ。先程の余裕の欠片もない自分に気が付いたオレは、自分が可笑しくて、そしてこのオレをそんな風にしてしまう張本人の名前を囁いた。 「ひかる、」 松山はあの時のことを憶えているのだろうか。 ただ何となく、事後行為とは別の何かを恥らっているように見えたのであれから名前は口にしていない。 オレが、オレがあの松山の唇から名前を囁かれたらどうなってしまうだろう。 いつも本当のことしか口にしない、誠実なあの唇が・・・オレの名前を囁いたらどうなってしまうんだろう・・・ うつ伏せに枕に顔をうずめ、暫く意識を失っていた松山の肩に腕を回しその体温をいつまでも感じていた。途中松山が目覚めたことは、動かなくても気配でわかる。 「大丈夫か?」 自分がかなり乱暴に抱いてしまったことに、今更気付く。 松山は、シカトしようと1、2秒考えたようだが大きく息を吐くと諦めたように声を上げた。 「・・・動けねえ。上向かして」 言われた通り仰向けにしてやると、思ったよりもスッキリとした顔で再び息を吐く。隣に松山が寝ている、そのことが急に嬉しくなる。 「日向、アレ買うとき恥かしかったか?」 松山のアレとは、多分最初に渡したチョコレートのことだろう。 「アレ? ああ、チョコレートか? 恥かしいに決まってンだろうが」 知っていて、オレはわざとぶっきらぼうに答えてしまう。意識してしまうと、隣に松山がいることにそわそわしている自分がガキのように思えてくる。 そんなことを知ってか知らずか松山はギシリとベッドをひとつ軋ませた。 「サンキュー」 覆い被さるように、オレのこめかみにキスをして松山がそのまま体重を預けてくる。オレは、重なる胸が鼓動を伝えてしまうことに一瞬呼吸を止め、横顔をうずめる松山の瞼が閉じられていることを確認しこっそりと安堵の吐息をついた。動揺した顔は見られたくないなんて、オレも結構格好悪い見栄を張っている。 思えばこうして嵌められているのはいつもオレのほうなのに、毎回そのことを忘れて罠を仕掛けたつもりでいる。マヌケなオレ。 赤くなったり眉間に皺を寄せたり。 そのマヌケ顔を見られないように、キツク抱き締めるとオレも眠りに落ちることにした。 END |